松井田城は南に中山道、北に東山道と碓氷峠が通っており、交通の要衝、
碓氷峠を押える城でもありました。北の九十九川と南の碓氷川に挟まれた東西に延びる
丘陵上に築かれています。城域は広いですが、国道18号から左に逸れる脇道から
城址近くの駐車場まで車で行くことが出来、非常に便利です。駐
車場から南方向へ、いくつかの堀切を渡って進んでいくと本丸周辺にたどり着きます。
本丸以外にも見所は多い城で、北側に三方に伸びた尾根の、真ん中の尾根を行くと
右手に畝状竪堀を備えた郭があります。見所1です。
本丸は城域の中心部にありますが、西側に二の丸、さらにその先に
畝状空堀群があります。見所2です。ほかにも見所はいろいろあって
本丸の東にはS字状にうねったS状空堀があるようですが、確認は出来ていません。
城内いたるところに案内板が立ち、よほど道に迷うことは無いと思います。
非常に回りやすく、遺構も満足できる優等生の山城です。
かつて戦国期に武田信玄が松井田城・安中城を攻めた時、安中忠政は松井田城に籠り、
嫡子忠成は安中城に入りましたが、忠成は信玄に降り、忠政は奮闘するも、力尽きて
信玄に降り、成敗されたと「甲陽軍鑑」に有ります。ただ、この場合の成敗というのは
出家・隠居を指しているらしく、忠政はこの時はまだ存命だったようです。
武田信玄、上杉謙信、織田信長の死去したあとは、城は北条氏の物となり、城代が入りますが、
豊臣秀吉の小田原攻めの際に、前田利家、真田昌幸らに攻められ、城代の大道寺駿河守政繁は
降伏し開場しますが、江戸高輪で自決させられたと言います。
+ 続きを読む









