城巡りをしているときに水の手は気にしています。海岸に近く堀の水や井戸水には海水が混じり飲用に適さなかったため、千種川(旧能見川)の上流に井関と水路を建設して上水道が敷設されました。城内のみならず城下各戸にも給水したと伝えられています。設置したのは浅野家より前に治めていた池田家のとき(1616年完成)、当時は掻上城と呼ばれていたときです。戦国時代であれば簡単に水の手を絶たれそうですが、戦乱が収束した時代ならではということでしょうね。ちなみにこの旧赤穂上水道は江戸神田上水、広島福山上水とならび日本三大上水道のひとつとされています。
市内にある花岳寺の山門は赤穂城の西惣門を移築したものとのことです。
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