前日に四国入りし大洲城見学のあと、予讃線で宇和島へ移動しました。
乗車券は東京都区内から松丸(河後森城)まで通しで購入していたので、まだ途中下車(北宇和島⇔宇和島は別途購入)です。
宇和島駅からホテルに向かって歩いているときに何となく方向感覚のズレを感じました。その時は商店街が碁盤の目じゃなかったのかな、程度に流したのですが、この違和感が結局最後まで付きまとうことになります。
翌朝、天守開館の9:00前にそのほかのところをできるだけ見ておきたかったので7:00過ぎに行動を開始、北側登城口へ向かいました。
この時にも“何か違う”という違和感がじわじわと湧いてきます。
昔から好きだった「歩くこと」をお城めぐりでも続けているうちに体が覚えたはずの感覚や勘が生きてこないというか、悉くハズレの方向に行ってしまうのです。
それでも登城口に着いたので、登城口の藩老桑折氏武家長屋門より入城しました。この長屋門は城下唯一の現存長屋門だそうです。城門として観光客を迎えるようになるなんて誰も想像してなかったでしょう。ほんとうに、将来のことなんて誰にもわかりません。
城門をくぐり、石段を登って最初に井戸丸に向かいました。
石段のキツさとかっこよさは比例します。井戸丸門の石垣の惚れ惚れするかっこよさに行ったり来たりしてしまいました。縁石に金石文の残る井戸跡を見て、三の門へと登っていきます。ここの石垣もかっこいいです。積み直しの境目は言われてみないとわからなかったし、かっこいいしか言えないのですが、宇和島城と言えば現存天守で、天守目当てに来たところが大きかったので、これらの荒々しい石垣に、自分の知識や想像力の乏しさを再認識してしまいました。百聞は一見に如かずです。
三の門左、御弓櫓石垣の上に天守の屋根が見えました。この上が本丸。
ですがその前に二の門があって、最終防衛の二の丸。二の丸では御算用矢倉跡の礎石やかつての石垣ラインを示す石など足元の遺構展示が楽しかったです。
二の丸と連結する帯曲輪は通行禁止でしたが、本来ならば本丸へ上がる一の門(櫛形門)石垣の右側(写真⑨)から三の門の近く(写真⑩)まで一周できるようです。
<つづく>
+ 続きを読む










