(長野県&岐阜県方面城巡り)9日目:黒野城
(2023/04/26 訪問)
鷺山城からの転戦です。城の南西の二の丸資料館私設駐車場(35.45904、136.72209)に駐車しました。
黒野城まで徒歩2~3分くらいです。黒野公民館横に黒野城址の石碑と案内板があります。
築城年代は定かではないようですが、1594年(文禄3年)以降に加藤貞泰によって築かれたようです。
加藤景泰(貞泰の祖父)は土岐氏に仕え、美濃国橋詰庄で70貫の地を領していましたが、加藤光泰(加藤貞泰の父)は斎藤龍興、豊臣秀吉に仕え、甲斐国24万石を与えられています。
加藤光泰は文禄の役に出陣しましたが、朝鮮の役からの帰国途中に1593年(文禄2年)に病死します。
家督は嫡子貞泰が継ぐこととなりましたが、幼少であるという理由で、美濃国厚見郡・方県郡40,000石に削封されてしまい、黒野城を築いて居城とした。
1600年(慶長5年)関ヶ原合戦では東軍に属して戦功を挙げ、家康より黒野城と40,000石は安堵され、加藤家の働きに対して弟平内は美濃国内で3,641石を賜り加増されました。
1610年(慶長15年)加藤貞泰は伯耆米子藩60,000石へ加増移封され、40,000石の領地は加納奥平氏領となり黒野城は廃城となりました。
黒野城は現在、本丸がそのまま公園として残り、現在も方形の土塁と濠が残っています。
攻城時間は20分くらいでした。次の攻城先=北方城に向かいます。
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