昨年11月に訪れた愛知県北設楽郡設楽町の田峯城。
三河山地中央部、東三河の豊橋平野と信濃国を結ぶ伊那街道の通過ポイント。東と南を寒狭川(豊川上流部)が蛇行して流れる田峯台地の南東部の小山に築かれた城。比高は川側が約150m、台地側が約30m。
1470年に菅沼定信が築いた田峯菅沼氏代々の居城。
長篠設楽ヶ原の戦いでは城主定忠が武田に従い出陣したが、敗走する勝頼の入城を留守居の定直らが拒絶したエピソードが有名。
1582年に菅沼定利が飯田郡代に就くと、田峯城は廃城となりました。
現在は、曲輪や堀が残り、本丸には他の中世城郭を参考に御殿や物見台などが復元されている城跡。
訪問時は、まず木橋から曲輪群を巡り、裏曲輪から東の堀切へ。再び曲輪群に戻り本丸へ上がると、本丸虎口は小規模ながら2つとも枡形を形成。
また本丸御殿の展示によると、長篠設楽ヶ原の戦い前から定直は徳川を支持していたという事も、個人的には収穫の1つ。
全景の撮影ポイント探しも愉しんだ、私の城郭巡りの217城目でした。
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