日本100名城

まつまえじょう

松前城

北海道松前郡

別名 : 福山城、(福山館)
旧国名 : 蝦夷

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松前城
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「北海道の名城巡り」最後はやはり… (2026/09/20 訪問)

松前城は江戸末期に整えられた「日本最北端かつ最後の日本式城郭」で、明治維新後、城の大半が取り壊されましたが、天守は国宝として残されました。
しかし、昭和24年の火災で焼失し、創建当時から現存する建築物は切妻造りの「本丸御門(国指定重要文化財)」と「本丸表玄関」(北海道有形文化財)のみです。
現在の天守は昭和35年に鉄筋コンクリート構造ですが外観は忠実に復元されています。
天守の内部は松前城資料館として利用されています。
また、松前城址を含む松前公園は全国屈指の桜の名所で「日本さくら名所100選」にも選定され250種1万本の桜が咲く様子は圧巻です!
日本100名城スタンプは天守入口で、御城印や城カードは天守入口のの右にある観光案内所で購入できます。

上ノ国から到着し、松前で一番の老舗旅館「矢野」のレストランで昼食をと思ったのですが、この日、朝から「松前マグロ祭り」が開催されていて、順番待ちの人が30人以上…
幸い、あまりの混雑に旅館の方で宴会場を解放してくれることになり、それほど待たずに席に着くことができましたε-(´∀`*)ホッ
松前は大間と並びマグロ漁で有名な港なので、私は本マグロ御膳、娘は一番人気の松前名産・岩海苔御膳に本マグロの刺身を追加で注文しました。
私のマグロ御膳は、もちろん美味しかったのですがマグロばかりで少々飽きてしまいましたが、娘の岩海苔御膳は(特に香りや風味、食感)絶品でした(オススメ!)
松前に来たのに岩海苔だけでマグロを食べないのも勿体ないので刺身の単品を追加、、、なんて娘のセレクトに感心しきりの私でした。

それでは、さっそく写真に沿って説明をさせていただきます。
① 私の勝手なこだわりで毎回1枚目は、御城印の写真と決めています。中央にはダイナミックな書体で「松前城」と見事に描かれています。家紋は松前氏の「丸に武田菱」です(松前氏は若狭武田氏の流れをくむ)その下には松前城天守が描かれていて手書き風な御城印でした。
② 2枚目には毎回「城を代表する景色」を選んでいます。今回はやはり、この構図しかないですね。重要文化財の「本丸御門(現存)」と「天守(外観復元)」を一緒に入れて二の丸側から撮った一枚です。江戸時代末期に北方警備の強化を目的として建設された、切妻造り・銅板葺きの櫓門です。松前城で現存する貴重な建築遺構となっています。
③ 「旧福山城(松前城) 本丸御殿玄関(現存)」です。明治時代に城が取り壊された際、この玄関部分だけは昭和57年まで近くの小学校の正面玄関として実際に使われていたそうです。その後、現在の本丸内に曳屋(建物ごと移動)され、北海道指定有形文化財として保存されています。唐破風の曲線や彫刻の細工が見どころです。
④ 内堀に架かる木橋を石垣と漆喰の狭間壁を背景に撮りました。このまま進むと「天神坂門」に向かいます。家紋と松前城と書かれたのぼり旗が、これから先の期待を膨らませてくれました。
⑤ 城跡に入って最初にくぐる門が、この「天神坂門」です。2002年に復元された高麗門形式の城門で、天神坂を登って三ノ丸へ入る場所にあります。
⑥ 松前城の裏口にある2000年に復元された「搦手二ノ門」に向かう坂道の途中です。切込み接布積(正面)と打込接乱積(右)角で分れた石垣と、白壁の土塀の美しさが目を引きます。また、門の左前には、敵からの目隠しや防御のための土塁「三本松土居」の一部が写り込んでいます。
⑦ 「搦手二ノ門」を正面から撮った写真です。この門は「高麗門」と呼ばれる建築形式で造られていて、2002年に木造で忠実に復元されました。
⑧ 松前城天守の裏手にある本丸広場です。左側に見える大木はクロマツで太い幹と大きな枝ぶりに圧倒されます。芝生内の石碑には「旧松前城本丸御殿玄関」とあります。3枚目の写真の建物が移築される前にあった場所なんでしょうね。
⑨ 大きな屋根の建物がチケット売場です。前に「史蹟 松前城」という石碑が立派だったので主役として撮影しました(券売所は脇役です) 券売所は向かって右側が入口、左側が出口となります。観覧券を購入して右に進むとすぐ、「地下通路」へ降りる階段があり、そのまま進むと天守閣(資料館)内に入ります。
⑩ 最後は本丸広場から撮った松前城天守(外観復元)の雄姿です。江戸時代の最後に造られた城で、戦前は現存天守で国宝にも指定されていました。せっかく戦火を免れたのに、終戦から4年後に失火から類焼してしまったのが、なんとも惜しいですね。もし火事がなかったら、北海道にも一つ(13番目の)現存天守があったと思うと悔しくてなりません!石垣も整然と美しく積まれていますが、調べてみたら、天守台の石垣は築城当時のものがそのまま現存しているそうです。素晴らしい!

松前から車で1時間半の函館に住んでいながら、そして、何度か松前城を訪れていながら、今年の2月までは、城にまったく興味がなく、ただの観光名所としてサラ~っと見ただけで天守内に入った事もありませんでした。
今回の訪城で松前城の素晴らしさ、貴重さ、美しさをたくさん気付かせてもらいました。
城好きになって良かったぁ~(*´∀`).。o○ポワ~ン

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ヒロケン

最後の日本式城郭 (2026/07/26 訪問)

松前城は松前港を見下ろす台地上に築かれ、津軽海峡に向けて最上段に本丸を置き、二の丸、三の丸と下がる階段状で築城されています。二の丸の外側を堀が囲み、三の丸の土塁に沿って七基の砲台が並んでいました。今は見る事が出来ませんが、正面に大手門、東側に搦め手門など城内には16の城門があり六つの櫓と本丸に天守の代用とされた三重櫓(再建)がある城郭であったとの事です。
大手門側は異国船の海からの攻撃に備え最新兵器の砲台まで築かれた堅固な城であったが、裏手の北側からの攻撃を想定していない造りで低い石垣と土塀だけであったために、函館戦争のおり旧幕府軍が松前城を攻撃した際、城の北側から攻められ1日ともたず落城しています。

北海道の城というと思いつくのが、西洋式城郭の五稜郭とアイヌ民族が築いたチャシというお粗末な知識で、いずれも自分の好きな和式城郭ではないと思い、下調べもあまりせず日本100名城のスタンプ目的で訪れましが、そのマイナスな期待を見事に裏切ってくれた松前城でした。随所に和式城郭に相応しい石垣、堀、門、櫓などがあり夢中で散策しました。一部で改変?されているところもありましたが(画像4と画像7)、そこがまた恰好が良い!(^^)!1時間ほどの散策であったので、またいつか機会があれば訪れたい城です。

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にのまる

遠距離バスがありがたいです。 (2026/06/26 訪問)

この日も東横インの無料朝食をスルーして06:02函館発の北斗1号で新函館北斗→はやぶさ10号で木古内へ移動しました。
木古内の道の駅「みそぎの郷 きこない」は開店前だったので近所をお散歩したりセイコーマートで食糧調達したりして時間をつぶし、07:38発の松前営業所行きのバスに乗車、09:10松城着。

帰りのバスまで滞在予定時間は約2時間。2度目の訪問なので頭の中でコースを考えてまわりました。
搦手二の門から入城し、まずは松前城資料館です。復興天守として建てられてから60有余年。本丸御門と並び立つ姿はこの場所になくてはならない景色の一部だと感じます。木造再建計画もあるそうで、和式最後の天守が甦るのは素晴らしいと思う一方で、今在る天守が紡いできた歴史も大切しなければと思いました。

城域をさくさく歩いてから松前家墓所へお参りに。そのつぎに松前藩屋敷。ここは前回訪問が冬期休館に入る直前でなんだか寂しかったので、記憶のアップデートの意味もありじっくり見学しました。

木古内からの長いバス旅。途中下車してみてみたいところもありますし、3度目があるなら今度は桜の季節に訪れたいです。

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コウマくん

大雨の登城 (2026/06/26 訪問)

函館からレンタカーで行きました。途中無料高速に気づくのが遅かったこともあり、約3時間、想定以上に時間かかりました。大雨だったので、城郭散策はできませんでしたが、再建天守閣の中で元は福山城であったこと、松前氏の歴史を学べました

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概要

江戸幕府が松前氏に築城を命じ、日本式城郭として安政元年(1854)に完成。海防のため城の内外に37基の大砲が備えられていた。日本式に造られた最後のものだった国宝の三重天守は昭和24年(1949)に焼失し、その後外観復元された。本丸脇の櫓門「本丸御門」は築城時から現存し、国の重要文化財に指定されている。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 慶長11年(1606)(福山館)
築城者 松前崇広(福山館)
主要城主 松前(蠣崎)氏
文化財史跡区分 国史跡(松前氏城跡)、国重要文化財(本丸御門)、道有形文化財(御殿玄関)
天守の現況・形態 独立式層塔型[3重3階/1849年築/焼失(火災)]、独立式層塔型[3重3階/1960年再/RC造外観復元]
主な関連施設 外観復元天守、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、本丸御門、御殿玄関、石垣、土塁、横堀
住所 北海道松前郡松前町字松城144
問い合わせ先 松前町役場
問い合わせ先電話番号 0139-42-2275