明智光秀が築いた「幻の城」とも呼ばれる坂本城で、三ノ丸の堀と推定される石垣などが発見され、発掘調査現地説明会2日目に行って来ました。
予想以上の多くの方が来られており整理券配布所は凄い行列でしたが、何とか整理券を獲得できました。
全長約30m・高さ約1mの石垣などが検出されており、近くで見ることができ興奮しました。
思っていたより綺麗な状態で、地中に埋まっていたとは驚きました。
その他、井戸、礎石、オール状木製品、瓦、土器類など見ることもできました。
坂本城の姿形の記録はほぼなく、市街化され、これまで遺構としては琵琶湖中に本丸石垣が僅かに残るだけですし、今回の発掘調査結果は凄い発見で大変貴重な遺構だと思います。
今回は宅地造成工事に伴う調査のため埋め戻される予定のようですが、発掘調査された方々の希望としては保存して残したいようですし、私も埋め戻さず何とか残して頂きたいと思います。
ご参考までに以下、大津市文化財保護課の岡田さんの説明の覚え書きに配布資料から補い私なりに纏めたものです。
「宅地造成の道路部分を発掘調査したら奇跡的に一直線の石垣と堀が見つかった。
石材は花崗岩が使われていて比叡山の産出と考えられ、殆ど加工していない野面積みで、一部は五輪塔などの転用石も使われている。石垣の下に地盤沈下を防ぐ胴木はない。裏込石の幅は狭いため、それ程高い石垣ではなかったと思われる。今の石垣の高さは約1mだが堀の中に石が落ちており、本来はあと数段の石が積んであった可能性がある。
堀の中は泥の土であったため、当時は水堀であったと考えられる。堀は幅8mが出土しているが、発掘調査をしていない西側の水路まで堀があった可能性があり幅12m位あったのではないか。
北側の石積み遺構は、東西方向に石積みがあり入りくんだ船入だった可能性がある。こちらには一部に胴木がある。
北側には礎石を持つ建物跡が見つかった。
土器などの遺物は16世紀後半のものであり、織豊期の城の特長の石垣・礎石建物・瓦が出土しているため、今回の遺構は坂本城と考えている。
今回の調査地西側の過去の調査では、城跡ではなく職人の町屋跡が見つかっており、今回の調査地が城の西の外側であるため、三ノ丸と考えている。」
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