高田城には21年5月にも訪問していますが古い方の写真で登録させていただきます。高田城址公園として整備され桜の名所でもあります。徳川家康の六男、松平忠輝の居城として天下普請によって築かれました。西側の堀や郭の配置は正保年間の構造を残しており内堀の外周に外堀である北堀・西堀・南掘が残っています。石垣は使用されず、すべての郭には土塁が築かれていたようです。本丸には天守代用の二重櫓(後に三重櫓に改修)が置かれ、今は天守代用の復興櫓が築かれ堂々とした天守の風格を漂わせています。
忠輝改易後は左遷地としての意味合いが強くなり不始末をやらかした大名が中央から飛ばされてくることがしばしばあったようです。負のイメージが付いてしまった高田城ですが北陸でも屈指の桜の名所で、外堀に植えられた蓮は紅白の入り混じった珍しいもので規模の大きさもあって「東洋一」を自称し、高田城の印象は間違いなく良い物に転換できたと思います。めでたし、めでたしということで‥。
+ 続きを読む









