(続き)
旧国宝の天守は空襲で焼失し、現在見られる天守群は戦後にRC造で外観復元されたものながら、多くの写真や資料を基に忠実に復元されており、乾櫓や小天守の袋狭間(石落とし)を下から覗き込んだり、台所北東隅部の床が石垣からはみ出ているところを見上げたり(こんなところまで復元されているとは!)、天守曲輪北側の帯曲輪は立入禁止のため、普段は天守群の北側は遠景でしか見られませんが、この日は乾櫓から小天守にかけて直下からの眺めを存分に堪能させてもらいました。
また、天守曲輪の石垣には転用石が多く見られる…と言われてはいるものの、通常公開されているエリアからはあまり見付けられませんが、北側には宝篋印塔などあちこちに転用石が見られました。なぜ北側に集中しているのかはわからないそうですが、もともとは羽柴秀長の城であり大和郡山城と同時期の築城と考えると転用石が多いのも納得です。
天守曲輪北側の帯曲輪をひと通り見て回ると、天守下ノ段に出て水の手郭現地見学会は現地解散となりました。この日は他にも和歌山城周辺をぶらぶらしていますが、その辺はまたいずれ。
なお、この日の水の手郭現地見学会の様子は、和歌山城公式Instagramアカウント(https://www.instagram.com/wakayamajo_official/)で配信されていますので、興味のある方はどうぞ。
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