日本三大湖城の一つ、膳所城は慶長6年(1601)豊臣方への押えとして、徳川家康によって天下普請で築かれました。縄張りは藤堂高虎によって行われ、四重の天守が建てられていました。これほど立派な城であったにも関わらず、今は本丸が「膳所城跡公園」として整備されているのみで、石垣の多くは琵琶湖疏水等の建築用の資材に転用されてしまったようです。
天守台周辺の石垣は当時のものでしょうか? 慶長6年の石垣にしては積み方が稚拙な気がします(こんなもの?)。城内にある案内板の「旧膳所城郭明細図」の挿絵と随分違いますね‥。後世の公園化の際に余った石垣を積み直したような気がするんだけど‥。
築城当時の本丸と二の丸は寛文2年(1662)の地震を機に接合され、今の膳所浄水場がある位置に、新たに二の丸が築かれました。膳所神社、篠津神社、鞭崎八幡宮に城門が移築され、国の重要文化財として指定を受けています。
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