1594年に、加藤 貞泰さんが築城した「黒野城」。
関ヶ原の戦では徳川方だった貞泰さん。
1610年に伯耆国に転封しました。
「黒野城」は16年で廃城します。
「黒野城」には基本的に駐車場はありません。近くに見学者用の駐車場が土日祝で停められると案内がありました。
因みに橋に1台、車が停まっていました。
堀に架かる橋を渡り、右手に枡形虎口跡。こちらの奥に遊具があって、子供たちが遊んでます。
遊具はシャチホコが乗ったお城風です。写真は子供たちに配慮し写してません。
左手に「黒野城」の石碑と説明板があります。
そして、本丸と本丸を囲む土塁は高さがあります。
皆さんの写真は水堀になっていますが、この時期は空堀になっていました。
『黒野城に咲くタンポポ』の説明板があり、貞泰さんの国替えの足取りと、タンポポの分布が一緒なんだとか。
お城に関わるエピソードが、足下に咲くタンポポ。目線が変わって、なるほどと説明板の前で感心しました。
堀を外から見ようと歩けば、手作りの看板がたくさんありました。
16年しか活躍できなかった「黒野城」は本当に大切にされてました。
『ほりのなかへ すてたら あかん』
たくさんの、子供武将たちが守っている「黒野城」攻めでした。
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