おとごじょう

乙子城

岡山県岡山市

別名 : 音湖城
旧国名 : 備前

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①本丸
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征29日目:乙子城 (2026/06/08 訪問)

今日の天気は曇のち15:00頃から雨の予報です。
岡山駅でレンタカーを借り、そこから車で40分(通勤時間帯で時間がかかった)くらいで、神社(大国主神)鳥居前(34.630742、134.038500)に着き路駐しました。
近くに、宇喜多直家国とりはじまりの地碑(34.631032、134.038481)がありました。

1544年(天文13年)宇喜多直家により築城されました。 当時浦上宗景に仕えていた宇喜多直家は弱冠16歳で宇喜多家を再興し、この城を築きました。
1549年(天文18年)宇喜多直家は砥石城を攻略した恩賞として奈良部に所領と新庄山城を賜って居城を移し、乙子城には弟の宇喜多忠家を置きました。

城自体は大国神社のある西側の山が本丸。そこから東側に下った先、乙子大明神方面が二の丸だったようです。
二の丸方面は時間の都合で行っていません。
攻城時間は20分くらいでした。次の攻城先=砥石城に向かいました。

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しんちゃん

宇喜多直家 (2025/02/22 訪問)

乙子城は神社に隣接する標高40mくらいの丘陵に築かれています。墓地や神社周辺も城址とすれば小規模ながらも複数の郭を備えているようです。本丸からは吉井川周辺の景色が良く見えます。
宇喜多直家が天文13年(1544)の赤松晴政との合戦にて初陣ながら軍功をあげ、浦上宗景により褒賞として任された城であるとされています。

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赤い城

感謝とリベンジ (2024/10/13 訪問)

トクさん、助太刀ありがとうございます(感謝)😊
海ではなく湖でしたか。
私のクイズに対する朝田さんの最初の回答が伏線になっていたとは。
参りました。

さて、リベンジの方ですが、昨年スズメバチにやられた乙子城に再訪。
今回はおにやんま君を帽子に付け、藪には入らないと心に決めて登城しました。

石碑から道路を挟んだ空き地に車を停めて登城口に。
スズメバチ注意の看板に感謝しながら登城します。
途中の神社のところに竪堀っぽい地形もありますがどうなんでしょう。
さらに急な階段を登ると程なく主郭、見晴らしも良いです。
下草で埋まっていますが歩ける状態で、主郭に付いている段になった腰曲輪にも降りてみました。
こちらも下草が茂ってやや藪、ん?

一旦主郭に戻り、二郭に向けて降りることにしました。
前回やられた腰曲輪の藪は綺麗になっていて形もよくわかります。
これならスズメバチも大丈夫、これも感謝です。

墓地で隔てられた二郭は乙子神社が鎮座します。
ちょうど地域の皆さんによる清掃が行なわれていました。
お祭りの準備なんでしょうか。

宇喜多氏の始まりの城、この日はこのあと砥石城→新庄山城(未登録)→沼城→岡山城と下剋上の足跡を辿りました。

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カズサン

スズメバチ注意‼で麓のみ撤退 (2023/10/07 訪問)

 岡山城のリニューアル天守閣の登り金色に輝く鯱、鬼瓦、丸軒瓦を写真に収め終えて、南東約12~13km程に在る、備中備前未踏の城廻5城目の乙子城を目指す、児島湾、吉井川に面した小島の様な孤立城郭、木々が色付いていました。

 駐車場:特に無し、西麓の大国主命神社鳥居前の広い三角コーナー、交通量少ない。
 参考資料:古城盛衰記さん、余湖図コレクションさん、グーグルマップ、城びとによる。

 赤い城さんの投稿でスズメバチの被害に遭われた内容は確認して居ましたので、丁度小学生高学年の児童が二人登城口に当たる鳥居の間に座って居ましたので、スズメバチの飛翔状況を聞いたら「居るみたい飛んでるようですが巣の場所はわからないとの事」対処する薬など持ち合わせ無く、麓あたりと、「宇喜田直家国とりはじまりの地」大きな自然石に刻まれた碑を確認、碑を入れて木々が色付いた乙子城を撮影。

 宇喜田直家の時代には干拓のされて居ないでしょうから、児島湾に突出た先の小島に城郭を構えて児島湾、瀬戸内海、吉井川の海運水運の睨み監視に有効な立地だったのでしょう、岡山城からR2を走行、広い広い田圃の中を走ってる様でしたが昔は湾で海だったのですね。

 他の登城口は、古城盛衰記さん情報によると南東麓の集落乙子神社側からの登城が可能なようです。

 この後は吉井川上流約11km程の福岡城に向かいます。
 
 
 

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
築城主 宇喜多直家
築城年 天文13年(1544)
主な改修者 伝、宇喜多直家
主な城主 宇喜多氏
廃城年 天正10年(1582)頃
遺構 曲輪、土塁
再建造物 石碑、説明板
住所 岡山県岡山市東区乙子
問い合わせ先 岡山市企画局情報企画課
問い合わせ先電話番号 086-803-1047