日本100名城

ごりょうかく

五稜郭

北海道函館市

別名 : 柳野城
旧国名 : 蝦夷

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五稜郭
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HARU

北海道ドライブ旅行 (1980/07/08 訪問)

記録に残る最初の城めぐり

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しんしんちゃん

独特の設計思想を持った城塞。 (2017/05/04 訪問)

五稜郭は函館奉行所用の城郭で中世ヨーロッパの城塞都市を参考に設計がされているとのことです。石垣と土塁によって形成され、稜堡と呼ばれる5つの鋭角が星形に配されています。中心には函館奉行所が置かれ、それに付随する建物が20以上あったようで近代的な軍事要塞としての意味合いもあったようです。明治元年10月に榎本武揚率いる旧幕府軍に占拠されますが翌年5月に終結を迎えました。(函館戦争)
意欲的な設計ですが構造が均一化されているので配置を読まれやすい欠点が有るのではないかと思います。奉行所の太鼓櫓が軍艦「甲鉄」のアームストロング砲の射程内の距離3.5kmにあったため狙い撃ちされ、あわてて撤去したという逸話があるようです。欧州に同様の城塞で土塁が多用されているのは大砲を撃ち合う近代戦では直撃した砲弾が石垣を破壊し、飛び散った石の破片が将兵を殺傷してしまうかららしいのですが、五稜郭には石垣も多く用いられています。半月堡や本塁の石垣には「武者返し」と呼ばれるせり出しが築かれているようなので、次に訪れる際にはその辺をじっくり見てきたいと思います。

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しんしんちゃん

GWの絶景散歩道 (2017/05/04 訪問)

五稜郭タワーから降りた後は待望の五稜郭に向かいます。南側半月堡には一の橋を渡って行くことが出来、そこから二の橋を渡って五稜郭に入ることが出来ます。私はせっかくなので桜を見ながらゆっくり周遊して裏門橋から五稜郭に渡りました。この裏門橋は五稜郭の真北に位置しています。本来は鬼門の位置に当たりますが五稜郭でもそうなのでしょうか?
タワーから桜は白んで見えたのですが、実際に近くに寄って見てみるとしっかり薄紅色をしています。見事な大きな桜も多く実に楽しい散歩コースでした。
遠くには頂部に雪を残した山が見えます。堀の水も空もきれいで石垣も素晴らしい。何より満開の桜が素晴らしい。この日、日本で最も素晴らしい空間だったのではないかと思えるほどでした。うまい具合にGWと満開の桜の時期がマッチしたわけですが温暖化が進んだ今ではGWにはこの絶景は見られないかもしれません。

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しんしんちゃん

五稜郭タワー (2017/05/04 訪問)

五稜郭タワーは特別史跡五稜郭のやや南西よりに建てられていて半月堡の程近くにあります。今建っているタワーは二代目で航空法の制限(緩和されたものの)で避雷針高さが107m、軒高98mにとどまっています。五稜郭もほぼ単郭とはいえ、なかなか巨大で写真を撮ると少し見切れてしまいます。あと20mほど高かったらもっと綺麗に全体が写せたのに惜しいです。まあ私の写真の撮り方がヘタなだけかもしれませんが。1Fにはひじ方歳三・榎本武揚・武田斐三郎の銅像があります。展望所には椅子に座った有名なポーズのひじ方氏の銅像があります。ところでそろそろ「ひじ方」を漢字で入力したいと思うのですが駄目ですか?

※添付写真のコメには漢字で入力することが出来ました。ちょっとだけしてやったりです。

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概要

蝦夷地の管理と箱館防御を目的とする徳川幕府の命令で、ヨーロッパで考案された稜堡式の城塞として日本で初めて築城。空からだときれいな星形状に見える構造で、石垣と土塁によって構築された本塁と低塁が5つの角に配されている。さらに1ヵ所だけ突き出た場所に、防御と出撃の拠点となった半月堡がある。

城郭情報

城地種類 稜堡式
築城年代 元治元年(1864)
築城者 徳川幕府
主要城主 旧幕府軍(蝦夷共和国)
文化財史跡区分 特別史跡(五稜郭跡)
天守の現況・形態 なし
主な関連施設 箱館奉行所、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)
住所 北海道函館市五稜郭町本通1
問い合わせ先 函館市教育委員会生涯学習部文化財課
問い合わせ先電話番号 0138-21-3456