日本100名城

ごりょうかく

五稜郭

北海道函館市

別名 : 柳野城
旧国名 : 蝦夷

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五稜郭
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ゆいひろ

幕末の夢が眠る、最後の砦 (2026/07/12 訪問)

「タワーからの絶景と幕末の歴史に感動!見どころ満載のスポットです」
五稜郭タワーに昇って上から全体を眺めましたが、その圧倒的な規模の大きさに驚きました。地上に降りてからは、再現された箱館奉行所へ。天守閣を持つお城とは違いますが、とても趣のある佇まいで、当時の雰囲気をじっくりと肌で感じることができました。タワーでの展示も詳しく、歴史への理解が深まります。景色も歴史も見応え十分で、函館に来たら絶対に外せないおすすめのスポットです!

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「北海道の名城巡り」2城目は皆さんご存じのココ! (2026/09/17 訪問)

近世の城郭や中世の山城とは趣を異にする「日本初の星形西洋式城郭」と言えば、皆さんお分かりですよね♪
1952年に北海道で初めて国の特別史跡に指定された「五稜郭」です。
地元なので今まで何度も行ってますが、城に魅了されてから訪れたのは今回が初めてで、たくさんの気付きや感動がありました。
小学校の運動会も五稜郭の本丸でした(当時は函館奉行所などなく、ただの広場でした)
この日も健脚の娘と一緒に楽しく歩き回りました。

この日の見学ルートは、まず五稜郭タワーに昇り、展望台から星形の全貌をじっくりと望みました。
タワーを後にするも、すぐに綾内には入らず、五稜郭の堀の外側の周遊散策路を綾堡の角や石垣、土塁などに注目しながらゆっくりと一周しました(約1.8km/徒歩40分)
その後は、「一の橋」を渡り「半月堡」を観察し、いよいよ「二の橋」を渡り稜内に入ります。
橋を渡り入城するとすぐ(敵の視線を遮るための)見隠塁に突き当ります。
そこを右に進み本塁(星形にぐるりと囲む土塁)に登り、塁上を進んだり堀側の低い土塁(低塁)に降りてみたりしながら半周すると裏門橋に辿り着きました。
そこから再び城内の土塁の上から内(空)堀を見下ろしたり、外堀の内側に沿って歩いたりして、残り半周を周り本丸に降りました。
本丸には2010年に復元された「函館奉行所」がありますが、奉行所内の部屋の再現や展示コーナーなどが以前訪れた時よりも進化していて、ゆっくり時間を掛けて楽しく見学することができました。
奉行所の向かいの大きな売店で100名城スタンプを押し、御城印と城カードを購入して五稜郭を後にしました。

① 私の勝手なこだわりで毎回1枚目の写真は、(入手できれば)御城印と決めています。五稜郭の通常版(左上)の他に、桜の名所と言うこともあり桜バージョン(右上)も購入しました。 また、五稜郭が「ゴールデンカムイ」という漫画で最後の戦場として終盤の重要舞台となったり、TVアニメ版では59~62話が「五稜郭編」として展開された(売店の女性の説明) ということで(何度か増刷して)販売されたそうです。そんなの知らなかったのですが、たまたま5月に当日の朝刊を見たら「本日でゴールデンカムイの御城印が販売終了」と載っていて、ゴールデンカムイが何なのかも知らず、慌てて五稜郭に直行しました。雨の中20分近く待ってゴールデンカムイ版の御城印2種(下2枚)を入手することができました(1人一枚ずつの制限販売) でも9月に帰省する(歴史好きの)娘の分も買ってあげたくて、再度、最後尾に並び(最初より列が長くなってる!)30分後に順番が回ってきたら私が一度購入していることを覚えていて(下手に説明なんて聞くんじゃなかった)、「ダメです」と言われ30分も並んだことを滔々と説明し、しつこくお願いし「通常版と桜バージョンも2枚ずつ買うから」と頼み込んだ末、渋々、売ってくれました。と言うことで御城印は入手済でした(日付はちゃんと訪城日にしています)ので、この日は新たに集め始めた「城カード」日本100名城スタンプをスタンプ帳と、新たに購入した「日本名城 厳選24城」に押印しました(日本100名城の日本城郭協会が出版した本なので押すスタンプは同じ) ふと思ったのですが、なぜ徳川の「三つ葉葵」なんだろう? さっそく調べてみたら、幕末の日本で北辺(特にロシア)の防備のため、五稜郭を「要塞付きの役所」として江戸幕府が作ったそうです。
② 写真の2枚目には「城を代表する景色」を貼ると決めていまが、やはり五稜郭と言えば五稜郭タワー展望台から撮ったこの写真ですよね♪ 空からの写真じゃないので完全な星形には見えませんが90mの高さから見下ろすと何となく星形の雰囲気が伝わりますよね。改めて見ると本当に美しい城郭です。
③ 「大手門口の高石垣と内堀」です。五稜郭の中では一番高い石垣です(7m) 草木がびっしり生えていて判りにくいですが、石垣の最上部には敵の進入を防ぐため庇(ひさし)のような刎出(はねだし)が作られています。内堀も草が密生してしまい、少し整備してくれたら、けっこう絵になるスポットなんですけどね。
④ タワーから見た「大手口の半月堡」です。三角をした半月堡は全ての綾堡の間に設けられる予定でしたが予算の都合で大手口に一つしか造られなかったそうです。そして領内の低塁にズラリと並ぶ丸く整えられた低木が可愛いです(多分ツツジ?)
⑤ これも五稜郭の定番といえる写真です。「特別史跡 五稜郭跡」の石碑と稜内に入る「一の橋」を撮りました。案内板の後ろが上で紹介した「半月堡」になります。
⑥ 領内に入る前に、のんびり40分ほど歩いて堀の外を一周しました。狙ったのは低塁にある綾堡の角部分です。石垣の左部分は野面積み、右部分は打込み接ぎ、角の部分は切込み接ぎで算木に積んでいるのが面白いですね。奥の「二の橋」も入るように構図を決めました。そして低塁に10以上並ぶ丸く整えられたツツジがボンボリみたいで可愛いらしいです(*^-^*)
⑦ 五稜郭には3つの橋がありますが、奥に見えてるのは「裏門橋」です。手前の特徴ある石垣と一緒にフレームに入れました。五稜郭は日本初の西洋式城郭ですが、石垣の建築には伝統的な日本の石工技術が使われているのが面白いですね。石垣の最上部にある少し外側に突き出た独特の形状は武者返しと呼ばれ敵の侵入を防ぐ役割を持っています。積み方も日本の城郭に見られる堅牢な石積み(左‣打込み乱積み/角‣切込み布積み)の美しさそのまま残されています。緑豊かな土塁と美しい水堀のコントラストが綺麗に撮れました。
⑧ 星型要塞の最大の特徴である鋭く突き出た角(綾堡)が綺麗に見えます。このV字の構造によって死角をなくし、どの角度から敵が来ても十字砲火を浴びせられるように設計されています。今回、堀の外周を歩かなければ撮れない風景で、広大な水堀が鏡のようで、青空と白い雲が美しくリフレクションして美しさに花を添えています。
⑨ 本丸の中央にある2010年に忠実に復元された「函館奉行所」です。ネットで多くみられる画像は正面から撮ったものが多いので(人も混んでたし)正面から横に回り込んで見たところ、正面からの写真に負けず劣らず美しく、見事な屋根の上には港を監視するための「太鼓やぐら」が備え付けられています。何よりこの写真を選んだ理由は右の大屋根の背景に五稜郭タワーが写っているからです。タワーが2006年、奉行所が2010年とほぼ同年代に完成したにも関わらず、江戸時代の奉行所と現代のタワーという対照的な今昔の建物が一つのフレームに収まっている違和感が私は好きです。
⑩ 最後は、これが無かったら五稜郭の魅力が半減してしまう「五稜郭タワー」を主役に堀の内側にある土塁の上から堀越しに撮りました。手前に並ぶ丸く整えられた可愛らしいツツジ、右に少し見えてる木橋は本丸に続く「二の橋」 そして堀とタワーの間に少し盛り上がってる土塁が攻撃拠点となる「半月堡」です。函館人からすると「これぞ五稜郭!」という景色です。現在の五稜郭タワーは二代目で、1964年建造の旧タワーの展望台は高さが60mしかなく「全く星形に見えない」と観光客から不評でした。老朽化もあって現在のタワーが2006年に開業(両方のタワーが同時に建っていた時期もありました)、展望台の高さも1.5倍の90mになり、さすがに真上から見た星形とはいきませんが、2枚目の写真のように星形の雰囲気が伝わるようになりました。

見学終了後の昼食は、娘が小中生時代に家族でよく食べに行ったラーメン店「あじたか」を久しぶりに訪れ、美味しい塩ラーメン(麩が入っている昔ながらのラーメン)や、客の要望や店主のセンスでどんどん増える新メニュー(昭和の味から平成、令和の味まで楽しめる)を堪能して二人とも満足&満腹で店を後にしました(近くに似た名前で、行列が途切れない人気店「あじさい」がありますが、私たちは断然こっちの方が美味しいと確信しています!)

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ヒロケン

初登城 (2026/07/25 訪問)

日米和親条約により函館は開港され幕府は函館奉行所を設置し、函館奉行所防衛のため五稜郭築城が決められました。日米和親条約締結の10年後に五稜郭が完成しましたが、完成から4年後(明治1年)の10月に榎本武揚ら旧幕府軍が五稜郭を占領し、7カ月後の翌年5月に旧幕府軍が降伏するまで函館戦争の舞台となりました。

五稜郭は西洋式築城法により築城された城で五つの防塁が鋭角状に突き出しているので、平面形状は星形に見えますが、地上からは分からない様になっています。石垣も5~7m程で高くはありませんが、跳ね出し石垣や見隠し土塁などがあり随所に日本の優れた築城技術が施されています。

北海道は2度目の観光となりますが、北海道の城へは行ったことがなく今回が初登城となります(((o(*゚▽゚*)o)))北海道の城へはあまり興味が持てず、日本100名城スタンプ集めも後回しとなっていましたが、今回五稜郭を訪れ162年も前にこれほどの築城技術があったのかと驚かされました。
函館奉行所も忠実に再現され、ここに榎本武揚らが立て籠ったかと思うと感慨深い思いで散策しました。

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天守無しがアツい

脱走軍(幕府軍)の人徳 (2026/07/04 訪問)

脱走軍(幕府軍)は占領地において負傷兵は敵味方問わず全快するまで介抱🏥

降伏した松前藩兵に対しては…脱走軍に加わるもよし…藩主を慕って津軽へ渡るもよし…農民を志すもよし…つまり各々の自由にさせた

これを見て…「スゲーなんて良心的なんだ😳」「歴史を見ていく上で、新政府軍が正義…幕府軍が悪…のように思わされる事もあったが…どっちが悪よ?」

「この箱館戦争は勧善懲悪で語れるものでは決してなく…あくまで新政府軍🆚蝦夷共和国軍(幕府軍)の…互いの掲げる正義どうしの対決だったんだな🤔」と思わされた

しかし…上記の藩主を慕って津軽へ渡った松前藩兵は…翌年(明治2年)の新政府軍の蝦夷共和国侵攻において…その先頭に立つ🧍

つまり恩を仇で返してしまった…と😂

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概要

蝦夷地の管理と箱館防御を目的とする徳川幕府の命令で、ヨーロッパで考案された稜堡式の城塞として日本で初めて築城。空からだときれいな星形状に見える構造で、石垣と土塁によって構築された本塁と低塁が5つの角に配されている。さらに1ヵ所だけ突き出た場所に、防御と出撃の拠点となった半月堡がある。

城郭情報

城地種類 稜堡式
築城年代 元治元年(1864)
築城者 徳川幕府
主要城主 旧幕府軍(蝦夷共和国)
文化財史跡区分 特別史跡(五稜郭跡)
天守の現況・形態 なし
主な関連施設 箱館奉行所、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)
住所 北海道函館市五稜郭町本通1
問い合わせ先 函館市教育委員会生涯学習部文化財課
問い合わせ先電話番号 0138-21-3456