さつまじょう

佐津間城

千葉県鎌ケ谷市


旧国名 : 下総

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チェブ

えいやっ、佐津間城と大宮神社。 (2023/10/14 訪問)

えいやっと攻めた「佐津間城」。
鎌ヶ谷市内で、明らかに『お城ありました!』と言えるのは、「佐津間城」だけなんだそうです。

東武アーバンパークラインという、格好いい路線名の電車をJR船橋駅から乗り、六実駅で下車しました。
交通量の多い道を20分位歩くと、城跡っぽい木々が見えてきます。
住宅街で、どこか入口は?と見ても私有地になっているようです。Googleに従い歩くと、石段を降りるよう指示されます。
と、降り振り返れば「佐津間城」の城内でした。
説明板があり、向こうには土塁が見えます。
元気な草木達と、私有地のロープがあり侵入はできません。
石段を登ると、ゴミ収集車がゴミの回収をしていて、住宅街。
「佐津間城」の雰囲気がとても感じられるのに、1歩 出ると住宅街。
不思議な感覚です。
六実駅に向かう途中に『佐津間大宮神社』に寄りました。参道や鳥居は、車道より低い位置にあります。
参道は木々がありますが、拝殿は広い空の下。
こちらも、「佐津間城」同様に不思議な感覚でした。

実は、京成船橋駅で道に迷っていたミャンマーの女の子2名に声をかけられ、JR船橋駅までGoogleで道案内しました。(私も道に迷ってましたが(*_*))
目的地変更して、東武アーバンパークラインという格好いい名前の路線近くにお城を探し「佐津間城」がありました。
留学で、はるばる日本まで来てくれた、のミャンマーの女の子達のおかげで、不思議な「佐津間城」攻めができました。

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赤い城

住宅地に遺構が残る (2022/05/21 訪問)

東武アーバンパークラインの六実駅から徒歩で15分。
住宅地の中にあります。
民家脇の道を入ると階段があり、降りていくと説明板が立っていました。
説明板のところから見上げると土塁があり、その先が主郭です。
土塁には櫓台が付いていて堀切も見ることができます。
千葉氏一族の相馬氏の居城で戦国時代には小金城の支城として使われていました。
立ち入ることは出来ませんが住宅地の中に残っているのが貴重ですね。

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昌官忠

京成&東武野田線日帰り攻城②:佐津間城 (2019/06/14 訪問)

藤心陣屋➡逆井駅➡六実駅と移動し、六実駅から徒歩25分で佐津間城説明板前に着きました。。
本来はもっと早く着くと思いますが、場所がわからず廻りをウロウロして付近の人に聞いてたどり着きました。
城址への道を聞く人が多そうなので、今回教えていただいた登城口を記載しておきます。
県道沿いにある渋谷重兵衛商店(いつもシャッターが閉まっているそうです)を(35.796412、140.004020)目印に進みます。
鎌ヶ谷市消防団第7分団付近の小道(35.797114、140.004252)を進めば佐津間城説明板前に着きます。

佐津間城の歴史はわかっていませんが、鎌倉時代は相馬氏の所領であったことが確認されています。
「相馬文書」によれば、南北朝時代は千葉一族の相馬氏の城で、戦国時代には松戸市を地盤とした小金城の高城氏の支城のひとつであったと考えられています。
いつの時代にどの勢力が佐津間城を築いたのかはわからないそうです。

現在城址には案内板が建てられており、遺構として土塁と空堀が確認できます。ただし曲輪内は私有地のため許可がないと入れないようです。
攻城時間は10分くらいでした。

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城好きのメガネ

「佐津間城」 (2020/03/28 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
佐津間城は、土塁と空堀をめぐらせた千葉相馬氏が築城したとされる。現在、私有地のため見学はできない。

<アクセス>
東武鉄道野田線 六実駅 徒歩15分

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 相馬氏
築城年 戦国時代
主な城主 相馬氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口
指定文化財 市史跡(佐津間城跡)
再建造物 説明板
住所 千葉県鎌ケ谷市佐津間屋敷裏113他
問い合わせ先 鎌ヶ谷市文化スポーツ振興課
問い合わせ先電話番号 047-445-1141