淀城の後に淀古城へ行ってみた‼️
ここは、桂、宇治、木津の三川合流地点の北側に位置する天然の要害。元々歴史が古い城で、応仁の乱、三好、信長、秀吉と絡みがある。
足利義昭とともに内藤ジョアンも滞在したのかなと想像してみる。今は妙教寺に石碑が残っている程度。寺横の水路が堀だったみたいだけど、時間がなく確認出来なかった。納所小学校側かな?
茶々のことを淀殿と呼ぶきっかけとなった城とか言われているが、女性に殿とは徳川の印象操作かもと好きになれない話。
石碑には、鳥羽伏見の戦いの時、砲弾が貫通したともある。どこの部分だろう…
敷地内には東軍の戦没者慰霊碑もあった。
今更ながら、乙訓も伏見も、都に近いだけあって結構色んな歴史があるんだなぁと「城びと」情報を元に周って改めて思う。
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