富山県高岡市の百名城の一つ高岡城です。1609年3月加賀藩初代藩主前田利長の隠居城としていた富山城が城下から出火した火災により炎上、このため一時的に魚津城に避難するとともに関野の地に新たな城を作ることとし、大名であったが切支丹のため追放され前田家の客将となっていた築城の名手高山右近により網張が行われ築城を開始。高岡城と命名し1609年秋に利長が入城。しかし、1614年病のため利長が亡くなり、1615年一国一城令により廃城となっています。その後、本丸の建物などは破却され、穀物などの倉庫が建てられ加賀藩の役人が置かれたとされます。城は本丸、二の丸、三の丸、明丸、鍛冶丸が配され各丸の周囲を水堀で囲み東西500m南北400mの規模とされます。城跡は城としての期間はわずか7年であり建物も残っていないながら現在ほぼ全域が高岡古城公園となり桜が多数植えられさくら名所100選に選定されています。
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