たなかじょう

田中城

静岡県藤枝市

別名 : 亀甲城、亀井城、徳之一色城
旧国名 : 駿河

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チェブ

丸、確認できず。 (2020/01/03 訪問)

家康さんが鯛の天ぷらを食べ、寿命を縮めてしまった話は有名です。
こちらの「田中城」でいただいたそうです。
もともと今川家の一色氏が築城したのが始まりです。
信玄さんに攻略され、改築。「田中城」と改名もしました。
そして家康さんが「田中城」、7年の間に15回も攻めてますが、落城しません。武田家が滅亡して説得をして開城させたそうです。

みんなさんの投稿で丸型とあり楽しみに向かったのですが、お休みでした。
近くの小学校や街中にも「田中城」の遺構を見られるようです。
家康さん、やっと手に入れた「田中城」で苦しい思いをするなんてトホホですね。

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姫街道

武田支配時、馬場信春公が増築した城 (2020/01/28 訪問)

四重の堀が円形にあった平城の田中城。立地箇所からして、隣接する川を利用して海に出ていたようだ。現在は、堀が道路に変わっていったのか、まるで高速道路のインターチェンジを走っているように道路形状が円形で狭いうえ駐車スペースもないが、またそれが面白い。本丸跡は小学校になっているが、その周りに堀やら橋やら、土塁やらが点在している。明治維新の頃まで廃城にならずに頑張ってくれただけあって状態は結構良い。三ケ月堀の丸馬出しの隣にあるお宅など、擁壁を三ヶ月堀に合わせて丸く出来ていて、オシャレだった。田中城本丸櫓は屋敷として移築されていた。これが本丸にあったと言うが、全く戦を感じさせない優雅さすら感じた。

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じゅんじん

丸い (2020/01/11 訪問)

丸いお城です。本丸の小学校にはミニチュアがあります。下屋敷跡に櫓があります。

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🏯城好きのメガネ

「円郭式縄張 田中城」 (2019/11/09 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
1570年に武田信玄が「元来堅固の地に候」と称え、遠江侵攻の拠点となった。長篠の合戦後、徳川家康に対する駿河防衛拠点となり武田勝頼の命で山県昌景が改修を行う。度重なる徳川軍による攻撃を受けるが、武田氏滅亡とともに降伏開城する。徳川家康の関東移封後は、横田村詮(中村一氏家老)が入城した。1616年、徳川家康は田中城に立ち寄り、茶屋四郎次郎に供されて鯛の天ぷらを食した。これが家康の死因とする説がある。現在、本丸櫓が移築現存している。

<アクセス>
JR西焼津駅 徒歩20分

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城郭情報

分類・構造 輪郭式平城
天守構造 なし
築城主 一色氏
築城年 天文6年(1537)
主な改修者 山県昌景
主な城主 一色氏、山県氏(武田氏家臣)、依田信蕃(武田氏家臣)、本多氏
廃城年 明治元年(1868)
遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)、移築櫓
再建造物 石碑、説明板
住所 静岡県藤枝市田中1
問い合わせ先 藤枝市産業振興部商業観光課
問い合わせ先電話番号 054-643-3078