たなかじょう

田中城

静岡県藤枝市

別名 : 亀甲城、亀井城、(徳之一色城)
旧国名 : 駿河

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

城好きのメガネ

「田中城」 (2026/04/06 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
1570年に武田信玄が「元来堅固の地に候」と称え、遠江侵攻の拠点となった。長篠の合戦後、徳川家康に対する駿河防衛拠点となり武田勝頼の命で山県昌景が改修を行う。度重なる徳川軍による攻撃を受けるが、武田氏滅亡とともに降伏開城する。徳川家康の関東移封後は、横田村詮(中村一氏家老)が入城した。1616年、徳川家康は田中城に立ち寄り、茶屋四郎次郎に供されて鯛の天ぷらを食した。これが家康の死因とする説がある。現在曲輪・移築櫓・横堀(水堀)などが遺されている。

<アクセス>
JR西焼津駅 徒歩20分

+ 続きを読む

宗春

田中城 (2025/11/22 訪問)

「家康公ゆかりの四城」の御城印を頂くために訪問しました。

非常に残念なことに、本丸は学校になっており遺構はほぼ破壊されており、標柱が立っているぐらいです。

「下屋敷」なる施設に本丸櫓が移設されて、内部には田中城に関する展示や模型が見られます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

WEST

田中城探訪 (2025/11/02 訪問)

静岡県藤枝市にある田中城を訪問しました。ここは、徳川家康鷹狩の地でも有名ですが、死因と言われた天ぷらを食べたお城としても知られています。
自動車でのアクセスでしたが、田中城下屋敷の駐車城を利用しました。
田中城は四重の堀で囲まれた同心円形の縄張で、亀城の異名を持ちます。廃城後宅地化が進んでも、その名残があり、散策するとその形を実感できます。
遺構として、三日月堀跡、三の丸土塁跡、三の堀などを見ることができます。
駐車場がある田中城下屋敷には、移築された本丸櫓、仲間部屋・厩、茶室に加えて復元した庭園があり、ゆっくり観賞することができます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

キンヤ

珍しい円郭式縄張りの城 (2025/09/07 訪問)

武田信玄が馬場信春に命じて作らせたともされる珍しい同心円状の円郭式縄張りと徳川家康が死因とされる鯛の天ぷらを食べたとされる有名な城です。

下屋敷公園には、江戸時代には本丸南東隅の石垣上に建っていた櫓などが移築されてます。
本丸櫓は「御亭(おちん)」と呼ばれる2階建の建物で、藩主が休息したり観月などの際に利用したらしく、窓が多く風流な櫓でなかなか良かったです。

城跡は、学校が建ち住宅街となっており遺構は一部しか残っていないとのことでしたが、散策すると思っていたより土塁や堀が見られて良かったです。
かつては丸馬出が6箇所も設けられていましたが、1箇所だけ丸馬出の三日月堀が残されており、丸馬出好きにとっては嬉しく感謝です。
同心円状に三重の堀を巡らす円郭式縄張りは、二の丸・四の丸では分かり辛いですが、三の丸の堀沿いの道をたどって行くと、丸い縄張りがよく分かり、土塁が5ヶ所で残されてました。

近くにある旭傳院には、田中城の不浄門の移築とされる山門があり(その規模から城門でなく城内にあった屋敷門とも)、袖壁が風流な門でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 輪郭式平城
天守構造 なし
築城主 一色氏
築城年 天文6年(1537)
主な改修者 山県昌景
主な城主 一色氏、山県氏(武田氏家臣)、依田信蕃(武田氏家臣)、本多氏
廃城年 明治元年(1868)
遺構 曲輪、移築櫓、石垣、横堀(水堀)
指定文化財 市有形文化財(田中城本丸櫓)、市史跡(田中城址)
再建造物 石碑、説明板
住所 静岡県藤枝市田中1
問い合わせ先 藤枝市産業振興部商業観光課
問い合わせ先電話番号 054-643-3078