茨城県西部の坂東市(旧猿島郡)、鬼怒川の旧河道であった飯沼の中央西岸、猿島台地の縁にある平城です。
1577年、玉縄城主北条氏繁が藤沢や鎌倉から、大鋸引職人を呼び寄せて築城します。戦国末期の技術を駆使して、下野・常陸侵攻の最前線基地として大規模な城郭に変貌を遂げます。外構を含め惣曲輪の規模は、500メートル四方以上とも。
北条家滅亡後は、廃城となり、現在は逆井城跡公園になっています。平成の発掘調査後に検出された建築遺構を復元整備して、我々に当時の姿を目にできる機会を与えてくれています。大手口の筋違橋と着到櫓、井楼(せいろう)矢倉などが復元され、関宿城の薬医門なども見ることが出来ます。残念ながら、井楼矢倉を登ることは、出来ませんが、城内に見所が多々あります。
のんびり、ゆっくりとした時間が流れている場所です。桜の咲く頃、お弁当持参で再訪したいですね!
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