予想以上に土塁や空堀が残っています。
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2025/02/25 18:15
2024/12/16 21:52
加賀爪氏 (2024/05/06 訪問)
高坂氏館は高坂台地の北東部、都幾川に面した部分に築かれていて、現在は高済寺の境内になっています。西側には古墳を利用した土塁が残り、江戸時代に当地を領した加賀爪氏の累代の墓が立っています。加賀爪氏は長久手の戦い・小田原攻め・関ヶ原の合戦・大阪の役と名だたる戦に従軍し功を立て 5500石を有し,江戸町奉行も務めました。江戸時代には1万3000石まで石高が上がりましたが、直澄の代に成瀬氏との間に領地問題を起こして天和元年(1681)に所領を没収され改易になってしまいました。
中世には江戸氏の流れを汲み、秩父氏の一族である高坂刑部大輔の居館があったようです。
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2024/07/07 16:31
高土塁と深い堀が残って居ます (2024/06/08 訪問)
野本氏館を終えて南南西約1.7km程に在る高坂氏館初登城、以前より訪ねたいと願って居た今回メインの城館です。
駐車場:高済寺山門横の参拝者駐車場を利用。
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
東から入ったので小高い丘にある様な地理的状態、車を駐めると西に土塁が見える、見学を望んでいた高坂氏館の土塁、実際の大きさに圧倒される、南土塁の断面辺りに解説板、西側に廻り込んで西正面の土塁の高さを実感、堀も深い、山門から本堂に廻り参拝、土塁の北西頂部登る、加賀爪氏累代の墓所に成っている、頂部より南、西、北を眺めて土塁、堀の深さを実感する。
皆さんの投稿写真などで残存の高土塁、堀を観たいと願って居た高坂氏館探訪実感しました。
昼近くでしたので東に降りた近くのスーパーモール・ビオニウォーク東松山で昼食を摂りました。
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分類・構造 | 平城 |
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築城主 | 高坂刑部太輔 |
築城年 | 南北朝時代 |
主な城主 | 高坂氏、加賀爪氏 |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
指定文化財 | 県選定重要遺跡(高坂館跡) |
住所 | 埼玉県東松山市高坂 |
問い合わせ先 | 埼玉県教育局市町村支援部生涯学習文化財課 |
問い合わせ先電話番号 | 048-830-6988 |