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ヒロケン

妻木城士屋敷行き忘れ(>_<) (2019/09/28 訪問)

妻木城は妻木川左岸の丘陵先端標高407mに位置する山城で、山頂に位置する主郭・二の丸と大手筋の小郭群また、尾根に普請された郭群からなります。山頂には石垣で補強され、段差で区画された主郭・二の郭が配置されており、主郭と尾根を遮断した堀切は横堀状に主格をカバーするなど、戦国末期の高度な技術が利用された城跡です。

現在、主郭・二の郭には小さな神社が置かれていて、登城口には駐車するスペースがあり、石垣や曲輪・土塁、井戸跡なども確認できます。妻木城への登城ルートは、山麓北側にある妻木城士屋敷の右脇から登るルートと、名岐国際ゴルフ場の妻木口を入ってすぐ、右へと伸びる林道を1~2km進んだ先にある広場から登るルートと2つあります。

自分は、主郭・二の郭に近い林道を車で行くルートを選択(広場から主郭まで約10分)、妻木城士屋敷は後回しにして先に主郭から攻めようと思ったのが間違いの元でした。先に主郭・二の郭の周りにある、巨石群及び郭群を確認し、蔵跡・土塁・井戸跡・矢穴の残る残念石などを確認。最後に主郭・二の郭に残る石垣を確認し腹一杯ヾ(❀╹◡╹)ノ゙❀~~~ 思い残すことなく!帰路に着いたのですが、しまったぁ~~~<(ToT)>妻木城士屋敷攻めてなかったぁ~~<(ToT)>気付いたのが遅かったぁ~~。戻ろうか!?どうするか!?迷いましたが、夕暮れも迫り、家に着く方が距離的に近かった為、諦め再訪を誓い帰路につきました。

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じゅんじん

ここは石垣 (2019/10/07 訪問)

見どころは高い石垣です。立派です。始め裏から回ったので石垣を探しちゃいました。

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じゅんじん

平日閉館 (2019/10/07 訪問)

御殿は土日のみ開館です。主郭への道も台風の影響のため通行止めです。集めていませんが続100名城スタンプは道路向かいのお店にあります。

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粘板岩珪岩互層の急峻な山体 (2019/10/11 訪問)

泥と砂が交互に海底に堆積し、岩となった粘板岩珪岩互層が、麓から山頂まで続く。山頂及び尾根に展開する曲輪は平削時に岩を掘り残して土塁(石塁)とする。虎口も岩を掘り切る。南西の谷に崖となって露頭している所が、天然記念物 屏風岩。
この互層は大きく傾いているが、鈴鹿山脈西麓にもかかわらず、鈴鹿造山運動による褶曲作用を受けてないのが珍しいのだと。また、山体の両側を谷川が削り、急峻な独立峰になっている。
山麓に土塁と堀で守られた山屋敷があり、その背後から幅2m程の伝大手道を登った。100m弱行くと道はなくなる(明治時代の豪雨で崩落したと)ので、痩せ尾根に取りつき直登。下りは、急峻な痩せ尾根を行くのは危なそうだったので、北東側に降りることにした。地層の傾きから北東は古い(下側)と思われるが、谷川に露出する岩は、互層でなくて、真っ黒な粘板岩のみ。
日野と言えば、蒲生氏郷。鎌掛城も蒲生氏所縁。鎌掛城のあと、日野市市街と中野(日野)城に行った。

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todo94

秋のお城まつり (2019/09/15 訪問)

宿毛から高知に戻ってきたときには既に19時を回っていましたが、ちょうど「秋のお城まつり」が開催されていて、天守に登る事が出来ました。現存12天守カードもゲットできて満足です。天守から見た高知の夜景はちょっとしょぼいなと感じてしまったのですが。

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にのまる

一年越しの。 (2019/09/25 訪問)

【1】昨年8月、滋賀から岡山へ移動の中継地として京都に泊まったのですが、せっかく京都に寄ったのにどこにも行かないのはもったいないからと、夕闇せまる中、伏見桃山城をターゲットにして、目指してしまいました。
結果、暗闇の住宅街を彷徨うことになり、やっとの思いでたどり着いたものの、真っ暗な中にぼわーっと浮かび上がる正門のシルエットがそれはそれはおっそろしくて(((;゚Д゚))))
…閉門時間もとっくに過ぎていました。

これで行ったことにはしたくない…というより寧ろ、門までも行かなかったことにしたかった(^^;;

【2】そういうわけで、このたびは明るいうちに出かけました。
豊かな緑の高台に色鮮やかな城門、大天守、小天守が聳えています。
伏見桃山城キャッスルランド時代、ピーク時は年間100万人が訪れたそうです。(←wiki情報)
現在は公園として整備され、広域避難場所にもなっていますが、建物内には入れません。耐震基準を満たしていないのだそうで。
模擬天守ですが、ここで遊んだ思い出がある人にとっては、たまに来て眺めたくなる懐かしい場所なのかもしれません。

ちょっと(どころではなく)怖かった暗闇の記憶を青空の下の爽やかな景色に上書き更新できてホッとしました。


みなさま、本日は不要不急のお城訪問はされませんように。。。

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近江鉄道が縦貫 (2019/10/11 訪問)

近江鉄道朝日大塚駅のすぐそば。水田脇に堀と土塁が残る。北側土塁の外側と内側に堀がある。草木が繁り、石碑は埋もれてしまいそう。堀におたまじゃくしがわさわさ。おたまじゃくしで越冬する蛙なんでしょうね。ツチガエル?

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カルビン

お城いぱいアルヨ (2014/05/10 訪問)

駅から徒歩圏内のお城が乱立する千葉県柏周辺。

柏駅から10km圏内にお城・古戦場等10ヶ所以上あり、そのほとんどが「城びと」に登録されているので、お城訪問数を増やしたい方にはもってこいの場所になるかと。
(勿論解説版と石碑のみ・・・ってわけでもなく、小さいながら遺構のちゃんと見られる場所ばかりです)

根木内城は城址公園となっており、城域はそれ程広くなく主郭はただの曲輪ですが、公園入口は土橋、そこから派生する意外と大きな空堀があり、他にも土塁等も見られます。

訪問したのが5年前なのでどれほど改変したか確認してはおりませんが、公園になっている事から大きく変化はしていないと思います。


根木内城を含め、周辺の史跡は車で訪問するには適していない場所ばかりの為、公共交通機関をご利用された方が良いでしょう。

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ぴーかる

長野氏城跡「東の城」 (2019/09/28 訪問)

【東の城】
<駐車場他>美里ふるさと資料館・長野小学校入口に駐車スペースおよび公衆トイレがあります。分かりにくいのですみませんがトーダイさんの手法を使わせていただきます。
駐車場所Google<34.743392, 136.363516>
<交通手段>車

<見所>曲輪・堀
<感想>日帰り伊賀街道攻城の旅3城目。長野氏城跡については10/10のぴーかる投稿の長野城跡前説を参照してください。上記駐車スペースに駐車してトイレを済ませて登城。「東の城」の登城口は<34.739541, 136.365775>。山あいの谷間を10分程歩くと右手に居館跡と思われる石垣(写真は10/10投稿)と「東の城」入城口方向の看板が見えてくる。ここまでの山あいの道は道らしいものがないので、枯れ枝落葉を踏みつつ登れます。ここからの山道は地面は道っぽく大丈夫ですが、女郎蜘蛛巣天国でストックで払いつつ登るのが大変でした。看板からまた10分程登ると城跡に到着する。
 城跡はおそらく山上にある単郭式で周りに腰曲輪がある。薄いが横堀も見られた。城跡の堅牢さはなかった。城跡奥の竹やぶがきつくて行けずちょこっと周囲を見渡して終了し次の西の城へ行った。

<満足度>◆◆◇

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モト

本郭、土塁などが見れました。 (2019/05/24 訪問)

 住宅街の中にあるその城跡は、最近になって見学ができるようになったとのことです。
登城口には旗も立てられていて住宅街から一気に城跡に来た実感を湧かせてくれました。
本郭がきれいに残っており、虎口、土塁などが確認できました。
なかなか良い雰囲気です。

駐車場は特にないので近所に迷惑ならないように停めて急いでまわりました。
残った遺構の規模は小さめですが住宅地の開発の中でよくぞ残していただいた!
と感じる城址でした。

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小牧長久手の戦いと大阪との中継の城 (2019/10/05 訪問)

甲賀国人の城が豊織式に改修された土の城。下草が刈られ、表示板も立てられてよく整備されている。南西麓から曲輪Ⅳ角馬出状虎口空間に至る道は、両側の尾根の間を進み、既に厳しい守り。曲輪Ⅰの北側に虎口があり、城背面に降りられるが、折れがある二重の横堀が設けられ、さらに降りた先は池。また、二重の横堀は、北東方向の尾根続きも遮断。
土山は東海道の宿場町として栄え、旧東海道沿いに宿場町の雰囲気を維持しようとしています。

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赤い城

綺麗に復元されていました (2019/10/05 訪問)

東山梨駅から徒歩で5分。
石碑が立っているところは私有地っぽく入れませんでした。
100mくらいの広い屋敷跡が復元されています。
芝生も綺麗でした。

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ぴーかる

長野氏城跡(三重県津市美里町)国史跡 (2019/09/28 訪問)

【長野氏城跡(三重県津市美里町)】
<前説>長野氏は元々は工藤氏を名乗り中世には中部伊勢2~3群を支配した有力国人。区別の為に長野工藤氏と呼ばれている。長野氏の城は美里地区の標高500㍍程の山城と国道163号線沿いの標高230㍍程の丘陵尾根に東の城・中の城・西の城がある。いずれも築城年は1274年、廃城年は1570年で信長の進行により織田信包が工藤氏の養子となり、信包が居城を伊勢上野城に移り、のち織田姓に戻ったために長野工藤氏は消滅した。一族に;近江大溝城主となった分部光信がいる。
 山城と丘陵にある3城共に国史跡となっており、今回先に未だみなさん投稿なしの「東の城」「中の城」「西の城」を攻略したので以後投稿致します。
 今回の添付写真は城跡入口の案内板・山あいの土どめの石積み・居館跡と思われる曲輪の石垣・その横の堀切を添付しています。

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ダイエティシャン

浜田城 外堀の石垣 確認 10/14午後2時〜現地説明会 (2019/08/24 訪問)

現地説明会 10/14午後2時〜 浜田城外堀の現地説明会があるそうです。浜田市殿町78-2 問い合わせ 浜田市教委文化振興課 0855 25 9731

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ダイエティシャン

うんぱく三城御城印めぐりキャンペーン 2020年2月29日まで (2019/10/02 訪問)

松江城(陸)米子城(海)月山富田城(空)で御城印集めると、先着1500名様に、特別御城印帳 貰えます。 更に、抽選で、お城グッズ等が当たるそうです。

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ダイエティシャン

さんいん史跡日和9/1〜12/4 山陰の史跡や遺跡を‘’まちあるき‘’ (2019/10/05 訪問)

月山富田城へ攻城しました。霧がかかりそうな富田城遠景も撮れました(10/5 7:55 県道から、富田城を望む)大土塁、山吹井戸対面の防御的地点、本丸とニノ丸の間の堀切を知ることができました しまねっこも別イベントで参戦してくれて、会えました

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ASA

発掘調査中 (2019/10/09 訪問)

駿府城の発掘調査を見学してきました。
日本で一番大きいと言われる天守台
そこに天守閣があったらと…思いを馳せました。

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チョイワルオヤジ

蝦夷の地の中世の平山城 (2019/10/02 訪問)

南北朝時代の平山城。
発掘調査に基づく復原で中世の平山城を体験で出来ました。
隣接する博物館では築城主であり南部藩の家祖である南部氏の歴史が
わかりやすく展示されています。
失礼な言い方で恐縮ですが、地方都市でこれだけ立派な博物館と城跡の維持管理に敬服します。
南部藩の家祖・南部光行は甲斐源氏の流れをくむことに驚きました。

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橋吉

福知山城 (2010/07/03 訪問)

小高い丘の上に立つ平山城ですので、しばらく坂を登っていいかなければなりませんが、美しい大手道は疲れも感じさせません。

1985年(昭和60年)復元された天守閣です。
鉄筋コンクリートですが、外観は忠実に再現され大変美しいです。
内部は郷土資料館となっています。

石垣は近江の穴太衆によってつまれた穴太積みと伝えられています。
大きな石の間に小さな石に積み込み排水性をあげています。
矢印の部分の石は転用された石です。
福知山城には宝筮印塔・五輪塔・石仏・石臼・灯篭などが転用石として約二百あまりとして使われています。

転用石は信長(およびその家臣)の城の特徴ですが、これほど大量の使用例は、大和郡山城と福知山城にしかないといわれています。

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todo94

土佐くろしお鉄道完乗! (2019/09/15 訪問)

今年が最後の発売になるかもしれない四国バースデイきっぷを使って土佐くろしお鉄道の完乗を果たしてきました。せっかく宿毛駅までいったので東宿毛駅から徒歩にて、宿毛城へも。小さな山というか丘が車窓からも見えていました。主郭には神社が鎮座しており北西側に石垣が残っています。城址碑の表記は松田城跡になっています。

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