井伊家の家臣で井伊谷三人衆の一人と言われた鈴木家が家康の名により1568年に築城した、比較的新しい城だ。
井伊家が活躍していたのは南北朝時代で、井伊家が実権を失ったのも1568年だから、井伊家亡き後、井伊谷三人衆を今川や徳川が担いでこの地を治めようとしていた。
三方原合戦のニケ月前、長篠城から出陣した武田方山景氏に1572年10月攻められた。世に言う仏坂の戦だ。井伊谷三人衆や伊平氏は徳川家康の援軍もさみしく惨敗。三方原合戦後の武田軍侵攻時には井伊谷城を無血開城したようだ。三方原合戦ばかりクローズアップされるが、旧鳳来寺街道沿いでは激しい前哨戦が繰り広げられていた。
国道257号線沿いの道の駅から登城出来て、足元もよく整備されている。縄張りはシンプルだが、ここは本丸や曲輪に柵が設けてあり、嬉しい。本丸までさほどの時間も要せずに登城できる。ちょっと寄るには丁度良い感じだ。
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