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城好きのメガネ

「河崎冠者基家居館」 (2019/12/22 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
平安時代末期に、河崎冠者基家(秩父平氏)が治めていた館跡である。鎌倉時代には将軍家より社領700石を賜り、佐々木高綱が源頼朝の命をうけ社殿の造営にあたった。稲毛神社がこの館跡と推定されており、神社内には解説板がある。豊臣秀吉や徳川家康から20石賜り江戸時代中期以降は川崎宿及び河崎七カ村の鎮守として近隣一円の崇敬を集めていた。子神社の社殿は現存する宿場時代の唯一の建物である。現在、遺構は消滅している。


<アクセス>
JR川崎駅 徒歩15分

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中川藤兵衛尉

小堀城 (2019/12/22 訪問)

館跡と言うよりも土塁跡。大きいので迫力はあります

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城好きのメガネ

「新井宿城」 (2019/12/22 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
新井宿城は、後北条氏の江戸衆の一人、梶原日向守が築城したとされる。現在、遺構は消滅している。


<アクセス>
JR大森駅 徒歩15分

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織田晃司

道林寺丸ルートから登城 (2019/12/21 訪問)

道林寺丸の石垣と段郭を進み、先ず北の丸の堀切へ。
その後本丸を目指しました。

山城として水の確保を重要視したため井戸が多くあり、天守の井戸は規模も大きい。

散乱している石の中には矢穴のある石があり、往時には石垣を用いた堅固な城だったと思う。

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城好きのメガネ

「神奈川台場」 (2019/12/21 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
神奈川台場は、江戸末期に幕臣の勝海舟により設計され伊予松山藩が築造した台場である。主目的として、東京湾に侵攻してきた船舶に対する防衛を目的として築造された。他の台場には見られない船溜まりという構造を持っている。埋立には権現山城を削平して使われた。14基の砲台を設置していたが実戦に使用されたことはなく、諸外国の貴賓が港に入った際に祝砲を上げていたという。現在、台場公園として石垣の一部が残されている。

<アクセス>
JR東神奈川駅 徒歩20分

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中川藤兵衛尉

河合城 (2019/12/22 訪問)

西堀が現存しています。往時の大きさではないのでしょうが

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中川藤兵衛尉

葉多城 (2019/12/22 訪問)

現在はグラウンド。高台にあり、広い曲輪、高い櫓台、堀が残ってるなど、意外に見所があります

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中川藤兵衛尉

小野陣屋 (2019/12/22 訪問)

徳川政権下に於ける小野藩の陣屋。藩主・一柳氏を祀る神社もあります

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中川藤兵衛尉

垂井城 (2019/12/22 訪問)

現在は神社。高台にあって段構造

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中川藤兵衛尉

下司館 (2019/12/22 訪問)

詳細は不明。学校の西(写真では手前)に主郭があったとか

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前ちゃん

早朝から (2019/12/18 訪問)

早朝から登城

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中川藤兵衛尉

大村山ノ上付城 (2019/12/22 訪問)

木々が生い茂っていたけど、中には遺構らしきものがあるっぽい

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中川藤兵衛尉

平井村中村間ノ山付城 (2019/12/22 訪問)

三木合戦に於いて、竹中半兵衛尉重治が拠ったとされる対三木城の付城。その割に小さいし、ホンマに竹中隊は居たのかしら

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織田晃司

思った以上に (2019/12/21 訪問)

本丸の野面積みの石垣はすばらしかった。
一見の価値があります。

時間が合えば離陸直後の飛行機を見ることができます。

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朝田 辰兵衛

新善光寺城(福井県越前市) (2019/11/26 訪問)

越前府中城移築門のある正覚寺に訪れた際,その北側に何気なく「土塁のようなものがあるな…」と,偶然に発見しました。
写真には入れませんでしたが,フェンスが張られており,これ以上の接近はできませんでした。

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城好きのメガネ

「青木城」 (2019/12/21 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
青木城は、後北条氏の重臣・多米周防守が築城したとされる。多米周防守は武田信玄の小田原攻めの際に、北条氏康の女婿・吉良頼康の蒔田御所を守備する。小田原征伐では上野国で戦死したとされる。青木城は廃城となった。幕末には、アメリカ領事館(本覚寺)となる。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
京急線神奈川駅 徒歩15分

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城好きのメガネ

「権現山城」 (2019/12/21 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
1510年、伊勢宗瑞の相模侵攻に呼応して上杉朝良の家臣・上田蔵人入道が籠城したとされる。幕末には神奈川台場を築造するために削平された。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
京急線神奈川駅 徒歩15分

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城好きのメガネ

「土井谷砦」 (2019/12/21 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
土井谷砦は、小机城の支城として築城された。本城の小机城が、後北条氏の支配下になると、軍事上の拠点として改修された。重臣の笠原越前守信為が小机城に入城した。小田原征伐で、廃城となり笠原氏の菩提寺となった。現在、遺構は消滅している。


<アクセス>
JR小机駅 徒歩15分

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カルビン

5年半ぶりの再訪 (2019/12/21 訪問)

いろいろあって2ヶ月ぶりになったお城見学はお手軽で見応えのある場所を選びました。

狙ったのは初心者の時に1度見学しただけの滝の城。
今なら見る目もかなり違うのでは?と期待しての訪問です。

案の定当時の記憶は断片的にあるものの、確実に見逃していた場所を何ヶ所も見つけられるという(ーωー;)
(物見櫓台とか竪堀とか)

その他の、うっすらと記憶に残る深い堀をメインとした崖端城は健在でした。

当時から発掘踏査をしてましたが、現在も年越し(~2/28)で発掘調査実施中でした(土日祭日は休みの模様)ので、息の長い調査が継続している模様・・・北条系のお城、結構見直しされている所増えている様です。

冬季ならかなり見やすい状態と思っておりましたが、以外にも背の高い雑草が多く残っていた事・落葉が積って歩き辛かった事が難点でした。。。
あと北側の住宅に面した土塁等、以前入れた場所が立入禁止になっていたのは至極残念でした(が、住民の為に仕方がないですな)


電車だと最寄り駅はJR武蔵野線・東所沢駅になります(徒歩15~20分程)が、電車で訪問する際の注意点があります。
駅を出て北側の線路沿いを進んでしまうと、延々と北に進まされて大遠回りさせられてしまいます。
(車両基地のような場所があり、結構手前から橋が無くて南に進ませてもらえなくなる)

必ず駅を出て武蔵野線の南の線路沿いを進みましょう(初見の時にこれで30分以上歩かされた(汗))

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イオ

登城路不明瞭! (2019/11/10 訪問)

戦国末期に可児秀行が築城。可児秀行は美濃金山城主となった森氏に従い、小牧長久手の戦いで森長可とともに討死しました。その後、森氏の川中島転封に伴って、室原城も廃城となったようです。

県道沿いの登城口から入り、送電鉄塔のあたりからひたすら尾根伝いに登っていきました。途中、竪堀らしきものもあり、城びとの位置情報が示すあたりにはたどり着きましたが、縄張図無しではいまいち確証がもてず、帰宅してから他サイトの情報(写真やGPSログ)を見てみると、見覚えのない遺構もあったりで、どうもルートが違ったようです。登城口と山頂あたりは正しいとして、送電鉄塔まで行く前に左に曲がれば良かったのかなぁ…。可児市山城攻略図に「登城路不明瞭!」と書かれているとおりでした。竪堀や堀切など遺構はあるようなので、縄張図を入手できればリベンジしたいものです。
 

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