クラブツーリズムのツアーで行った
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2026/04/26 18:48
2026/03/15 20:47
謎の虎口構造が想像力を膨らませる久々利城 (2025/12/07 訪問)
先週投稿した今城に続き昨年12月に訪れた岐阜県可児市の久々利城。
以前から技巧的と聞いており、11月の「山城に行こう!」でも下見を行った城。
可児盆地南の丘陵地帯東部、久々利川が流れる谷底平野の最奥部において、南西へ伸びる2本の丘を城郭とした城で、その最上部までの比高は約70m。
麓を通る五斗蒔街道は、可児盆地と陶器の生産地である土岐盆地を繋ぐ道。
土岐氏の一族である久々利氏代々の拠点で、築城年代は不明。
1583年に森長可の手により落城し、江戸期は麓に千村氏の陣屋が構えられたとのこと。
現在は、整備された土の城跡で、麓には郷土歴史館が建つ。
東側の丘の先端から入城し最初の空間に辿り着くと、現れるのが3つの土塁。各土塁の間が虎口のように見えるが、縄張図によると向かって右以外は奥で塞がれている謎の構造。勝手な想像ではあるが、その塞がれた箇所にも偽の門を設け、攻め手に破壊されても侵入できないトラップだったならおもしろい。
その後も枡形とクランク状の通路が連続し、三の丸からは横矢が掛かる二重三重の防御網。
山側では複数の堀切が見どころとなる、私の城郭巡りの219城目でした。
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2025/12/11 12:42
圧巻の切岸 (2025/11/23 訪問)
中規模ながらしっかり整備されていて、枡形虎口から三の丸、二の丸、本丸と、ザ・切岸といえるかなりの高低差の切岸が素晴らしい。
麓からも城域までも比較的近く、行きやすいお城でした。
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2025/11/29 09:42
ありがた山 (2025/11/15 訪問)
久々利城は14世紀に美濃国守護土岐頼康の弟土岐康貞によって築かれ、戦国時代には末裔の久々利頼興の城でした。伝承では頼興は森長可に偽の人質を与えられ金山城で酒宴での接待を受けた後、帰途で襲撃され命を落とし、久々利城もその夜のうちに攻め落とされたそうです。
どこまで本当かわかりませんが、久々利城もあっけなく落城しているので内応者がいたのかもしれません。
まさしく戦国時代はアウトレイジの世界です。・・全員「悪党」
・・そこが良い 今とは価値観がまるで違うのだから、当時はこれで案外「普通」だったのかもしれませんな。
久々利城は「オシロフェス」の関係上、去年も訪問しています。たぶん来年も来るでしょう。
去年はセイタカアワダチソウが主要な郭にごっそり生えていましたが、今年は刈られて綺麗に整備されています。ありがた山でございます。森の熊さんの影響で山城の整備がどんどん後手に回るのではないかと心配しています。
山城のヤブ化がすすむとますます山城に入りづらくなる。・・・環境省さん草刈りお願いします(手伝ってもいいぜ)。
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 土岐行春 |
| 築城年 | 応永年間(1394〜1428) |
| 主な城主 | 土岐氏、林氏(森氏家臣) |
| 廃城年 | 天正12年(1584)以降 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)、堀切、切岸、枡形虎口 |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 岐阜県可児市久々利1655 |
| 問い合わせ先 | 可児市文化財課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0574-62-1111 |