おおもりじょう

大森城

岐阜県可児市


旧国名 : 美濃

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登城路
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昌官忠

東海北陸遠征 (2020/03/03 訪問)

大森神社駐車場(35.4014352、137.0719884)に駐車して攻城。
駐車場に入った時はまだ視界があったのですが、城址に入ると真っ暗でカメラのフォーカスが合わない為、入口のパンフレットを貰って撤退しました。上記より攻城時間は参考にならないので記載しません。

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キンヤ

長大な横堀が見応えある城 (2020/01/19 訪問)

土豪奥村氏の城でしたが、美濃金山城の防御の為に森氏により改修された可能性があるそうです。

確かに北側の枡形状虎口、北曲輪から主郭へ折れ曲がって馬出しのような構造の虎口などテクニカルで、主郭にはなかなか辿り着けない縄張りでした。

城の東西を囲む横堀は長大で、特に東側が見学し易く整備されていて見応えありました。

東美濃の土造りの城では、なかなか屈指の城だと思いました。

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ぴーかる

大森城 (2020/03/21 訪問)

【大森城】
<駐車場他>大森神社鳥居横に駐車場あり。
<交通手段>車

<見所>横堀・虎口
<感想>1泊2日東三河・東美濃御城印取得の旅9城目。大森神社鳥居の傍にパンフレットがあります。来城カウンターもあるので押しましょう。2千何番目かでした。結構皆来てる。パンフレットによるとこの城は「地元の土豪奥村氏によって築かれ、1582年美濃金山城主森長可に攻められ落城したと伝えられています。省略・・・しかし、現在見られる遺構は奥村氏によって築かれたものではなく、美濃金山城防御の支城として、森氏の影響下で改修されたものと考えられています。」とあります。
 山城表記になっていますが、比高はほとんどなく、大森神社もかつての城の一部だったように思う丘城程度です。明智長山城の数キロ南西側に位置しており土岐氏繋がりか、うまく折り合っていたのであろう。周辺は今も田園地帯が広がる豊かなところだった。

 城跡は主郭を中心に置く連郭式でダイナミックな横堀で囲んでいる。主郭の北側の曲輪には石積みの虎口もみられた。また土塁の枡形虎口も見られる。小さいながらもしっかりした造りの城跡でした。

<満足度>◆◆◇

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カズサン

全周横堀が素晴らしい (2016/11/06 訪問)

 毎回の山城サミットで紹介されてる岐阜県可児市の山城群何城か在りますが以前に久々利城、金山城、明智長山城、今城、土田城登城投稿しましたので諸兄の投稿もございますが平成28年の山城サミット竹田大会後の11月に纏めて回った中で大森城を投稿させて頂きます。
 曲輪群を全周してる横堀が素晴らしい。
 麓に在る大森神社の門前横に駐車可能数台、神社に登壇参拝し北横の人踏道を道なりに登って行くと曲輪下切岸状、横堀が繋がってほぼ水平に南側に延びてる、本曲輪に登る虎口へ、2曲輪、樹木で鬱蒼として居ますが横堀辺りは伐採が進んでおり保全管理中、見やすく成ってる所も有り、比高の低くて探訪しやすい山城です。
 令和元年の山城サミット可児大会では見学会が無かった山城です。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 奥村元広
築城年 永禄年間(1558~1570)
主な城主 奥村氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 市史跡(大森城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 岐阜県可児市大森