【土丸城】
<駐車場他>雨山城と同じ。
<交通手段>車
<感想>主郭にある説明板によると「土丸城は正平元年(1346年)日根野町の豪族日根野氏によって築かれたと考えられる。同三年、高師泰は吉野の行宮を侵すにあたって日根野時盛にこの城の警固を命じた。同八年、楠正成一族の橋本正督(正高)が時盛を追ってこの城に入り尾根続きの雨山に縄張りを拡げた、いわゆる雨山城である。」とあります。
南北朝時代、北朝側の日根野氏によって雨山城より先にこの土丸城が築かれ、南朝方の橋本正高によって城が奪われると雨山城築城とともに大改修を行った。その後は北朝方と正高で城の争奪が繰り返された。
城跡へは雨山城跡から行くルートと麓から登るルートがあり、雨山城を過ぎた辺りで合流して進みます。雨山城でも記述しましたが、岩場を下ると途中に国史跡、重要文化的景観である日根野荘が一望できる所があります。同じ場所から土丸城跡のトンガリした山が見られます。土橋を渡って登ると主要部に入ります。主要部以外は鬱蒼としていて、曲輪遺構があるかないか目視では判断できません。主要部は主郭が一段高くなって半円状に広い腰曲輪があります。片面は切岸になっている。主郭に祠と忠烈碑があります。雨山城より全然未整備なので目でわかる遺構はこんな感じでした。山の中腹が岩場になっているので麓からのルートには中腹に堀切・曲輪等の遺構があるらしいです。
<満足度>◆◆◇
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