したらじょう

設楽城

愛知県北設楽郡


旧国名 : 三河

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本丸
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しんしんちゃん

良く整備された、台地に築かれた城。散策も容易 (2021/10/24 訪問)

設楽城は設楽弾正の城であったとされています。鎌倉時代初期の
形式を良く残していると駐車場近くの案内板には記されていますが
堀切や土塁、竪堀など良く残されていて散策もしやすく
お勧めできる城跡です。
周囲を湾曲した大千瀬川に囲まれた台地に築かれ
南から城域に入り二の丸を経て本丸に至ります。
二の丸の手前には大きな堀切があり城域を守っています。
それほど大きな城ではありませんが戦国期にも使用されて
いたのではないでしょうか。

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カズサン

伊那路城散歩の行き掛け駄賃 (2023/05/02 訪問)

 今年の連休前々から行きたかった上越市の城跡、天候、気温の予想を見ながらホテル予約、日程の調整と思案しながら中々条件が付かず諦め連休に入り、日帰りで伊那路の城廻を急遽計画しました。
 三年来武漢コロナ禍で行き来出来なかった遠江と信濃の国境新野峠越え国道151号線を使った信濃伊那路へ、行き掛けの駄賃と平成28年来の再登城でした。
 以前に比べて国道151号線前に新しき標識出来て幟旗も多く立っており入口が分かり易くなっています、狭いですが集落の道をそれなりに約200m程坂道を進むと駐車場に着く、遊歩道が付きよく整備されて登りやすい、が小さく熊注意の標識有り、鈴を鳴らしていざ登城。

 駐車場に案内板が三枚、縄張り図、俯瞰図がよく設楽城の構造遺構を表してる、登って大手口、手前に二の丸と次の曲輪間の大堀切左右竪堀につながる、大手口を入ると二の丸と本丸が在りその高低差は1m程、二の丸の南端の三日月形の土塁、本丸間にも東側に土塁が残って居る、本丸北側にも土塁跡、崖で大千瀬川に落ち込んでいる、二の丸には休憩所なる建物、二の丸の南には大堀切を挟んで次の曲輪の様な平場がある、踏み込んで居なくその先の様子は良く分かりません。いろいろ城跡の構造残っております。
 自宅から約50km程で国道151号線経由と中々行きにくい城跡ですが伊那路への行き来には途中下車が楽しい城です。
 

 

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todo94

三河日帰りドライブ・9城目 (2023/02/23 訪問)

日帰りドライブの締めは、古宮城からさらに奥三河に分け入って設楽城。設楽町ではなく東栄町にあるあたり、二戸市にある九戸城みたいなものでしょうか。手軽に登城できる割には、堀切、土塁などいい感じでした。国道151号を飯田市まで北上しての帰路はなかなか時間がかかりました。

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設楽氏が築城 (2022/02/26 訪問)

 鎌倉時代に設楽氏によって築かれたとされる城です。蛇行した大地瀬川を利用した地形で天然の堀となっています。堀切、竪堀、土塁等が残っています。竪堀の表示が各所にありますが、藪になっていたり浅くなっていたりして確認しにくいとところもあります。概ね整備されていて歩きやすい城址です。
山の中腹まで車で行くことができ駐車スペースがあります。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 設楽氏
築城年 平安時代後期
主な城主 設楽氏、伊藤氏
遺構 曲輪、土塁、堀切
指定文化財 県史跡(設樂城跡)
住所 愛知県北設楽郡東栄町大字中設楽字城山