コロナウイルス、花粉に気を付けて昨年12月中旬尾張蜂須賀城以降残ってた三河、尾張の戦国武将に関わってる城跡廻りをして来ました。
車は守綱神社の南道路三角スペースに路駐。
守綱神社を参拝して北に今は水の無い堀、堀の北に土塁、その上に寺部城の石碑、陣屋内部は建物の礎石があちこち、井戸が3ヶ所、東に土塁法面、北に丘陵が落ち込み水堀用水かも?、西は矢作川、西土塁は竹藪状態、矢作川の河川改修で西側は大幅に変わったのでしょう。西側土塁上には山桜が花をつけていました今年は早いのかな?
東の3曲輪守綱寺近くに家老遊佐氏の長屋門、松本氏の長屋門が残ってる。
歴史的には文明年間鈴木重時の築城、松平氏、織田氏、今川氏攻防が在り、最終的には慶長15年(1610)尾張徳川氏の付家老として家康の信認厚い槍の半蔵こと渡辺綱末裔渡辺半蔵守綱が1万4千石で寺部に入封し明治まで続く。
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