藤井寺城は、古墳中期に築造された岡ミサンザイ古墳(仲哀天皇陵)が戦国期に城郭化されたもので、詳細は不明ながら三好氏の陣城と考えられます。
岡ミサンザイ古墳は世界文化遺産に選定されている巨大な前方後円墳で、宮内庁作成の測量図に基づく復元図によれば、後円部墳頂を二重の横堀がめぐり、前方部は土塁囲みの曲輪、西面と南面にいくつもの竪堀を落としています。墳丘を囲む周濠は現在は水をたたえていますが、当時は空堀だったようです。天皇陵であり城跡へは立ち入りできないので、せめて周囲を歩いて一周しましたが、藤井寺城としての遺構を確認することはできませんでした。周囲には割塚古墳や鉢塚古墳などの小さな古墳も見られ、往時はこれらも出城的に活用されていたのかな…などと考えつつの散策でした。
この日は船形埴輪と修羅をモチーフにしたというアイセルシュラホールに駐車して登城しましたが、2階の世界遺産 百舌鳥・古市古墳群ガイダンスコーナーには藤井寺城と小山城のジオラマや説明パネルが展示されており、見学してからの登城がおすすめです(散歩MAPもあります)。また、ふじいでら再発見コーナーには在りし日の藤井寺球場と近鉄バファローズゆかりの品が展示されていて、かつての近鉄ファンとしてはあまりの懐かしさにこみ上げてくるものがありました…。
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