新城城は豊川の北側にある切り立った崖上に奥平信昌によって天正4年(1576)に築かれました。長篠城に代わって新たに築かれたが既に石田の崖上に「新城(しんじょう)」があったので、新城城となったとも言われています。
新城小学校の南に堀と土塁の一部が残っており、石碑が土塁の上に立っているが、ここからではニッポン城めぐりのリア攻めは出来ない。土塁を下って校庭にすこし近づくとリア攻めは出来たが、平日にはやらない方が良いだろう。石碑も校庭に近いし、訪問は休日にした方が良いと思う。再訪になるので豊川方向から城址を見上げてみた。地元の人が川遊びをやっている・・。この近くは桜淵公園のようだ。
新城が天領になった後、慶安元年(1648)に菅沼定実が陣屋を構えて明治に至っている。定実は桜淵公園に桜を植え始めた人物らしい。
地元への功績は大きいのではないだろうか。
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