東家館(とうげやかた)は、室町期に紀ノ川北岸の舌状台地に築かれた守護畠山氏の伊都郡奉行所で、現在では小学校跡地(と こども園)になっていて遺構は見られませんが、発掘調査により内郭を囲む空堀や井戸、倉庫群の柱穴が確認されています。
また、館北方の大和(伊勢)街道に面した三角形状の台地を「中要害」、空堀(現在はJR和歌山線の線路)を挟んださらに北方の丘陵地(現在は墓地)を「上要害」とし、それぞれ詰の城や物見台の役割を果たしたものと思われます。
実は、東家館跡にかつてあった小学校は私の母校で、校内はもちろん、中要害や上要害のあたりも当時遊びまわった馴染みのある場所なんですが、それが中世の城館跡だったとは…。その頃は考えもしませんでしたが、今そう思って見てみると地形的にそれらしい痕跡が感じられます。
…ということは、私がこれまでに最も多く訪れた城(館)は、この東家館ということになるのでしょうか(笑)
【しりとり業務連絡?】
遅ればせながら、朝田 辰兵衛さん、登城したお城しりとりの(続)100名城完遂、おめでとうございます! 集計したり、繋ぎ方に頭を悩ませたり、実際に遠征したりと、本当にお疲れさまでした。おかげさまで籠城中を楽しく過ごさせていただいただけでなく、しりとりがなければ訪れることはなかっただろう城とめぐり会うことができました。ありがとうございました。
この東家館は、下志明城の「げ」に繋げるために必要があれば手札化しようと考えていた城館で、その必要はありませんでしたが、コロナの感染再拡大で城めぐりができにくい中、近場だしせっかくだから行ってみよう、ということでの訪問でした。これもしりとりが御縁ですね。
+ 続きを読む









