住宅街の中にポツンと丸い小山が出現。急坂を上ると丸根砦の看板とそこから眺める大高城の様子の写真看板が親切です。
周囲に堀らしき跡が外周通路として砦を一周しており、頂上部には戦で亡くなった兵を弔う碑が立っています。
尾張に攻め込んできた今川義元に奪い取られた大高城に対抗して隣接の鷲津砦と共に睨みをきかせるため、織田方の佐久間盛重が立てこもったが、大高城に兵糧を届ける松平元康の2500の兵と激戦の末に全滅したといわれる。
一説には400の軍勢が元康と対戦したと言われるが、頂上部は30m四方位の広さしかなく、兵糧、水、武器を備えて、ある程度の期間立てこもるには50名位が限度に見える。しかも碑があるあたりは時の流れに伴い変わってしまったのかもしれないが平坦ではなく、緩く斜面になっている。元より大高城観察と戦時には時間稼ぎ程度の役割だったのかもしれない。隣の鷲津砦の方が規模が大きく役割も違ったのかもしれない。
周りは住宅街で道幅も広くないので、車で訪れる場合には周辺のコインパーキングに駐めて、大高城と鷲津砦とセットでめぐるのが良いでしょう。
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