正百名城21城目。
瀬戸内漫遊1城目。
四国から瀬戸内海を越えて広島県福山市にやってきました。
雨天であったのが少し残念でした。
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2020/07/19 19:35
2020/07/19 19:25
八代市街地は豪雨被害ナシ。 (2020/07/11 訪問)
予想どおり,八代市街地に豪雨被害はありませんでした。郊外の一部エリアと公共交通の遅延等に豪雨の影響があるのみ。
現地の方も,八代市全域が豪雨被害に遭っていると思われ,今後の風評被害を懸念されておりました。JR在来線の八代駅,JR新幹線の新八代駅,高速の八代ICがそれぞれ2kmは離れており,一度に壊滅してしまうリスクは小です。この日は,まずJR在来線が停止し,次に高速道路が通行止となりました。見とどけていたわけではありませんが,JR新幹線の新八代駅から引き揚げました。
拠点集中は平時にはいたって便利ですが,有事の際には都市機能を壊滅状態に追い込む要因ともなります。八代市はたまたまかもしれませんが,拠点分散により災害に強い街づくりがなされていると感じました。
災害復旧ボランティアを計画されている方は,八代市拠点を検討されてみてはいかがでしょうか…?
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2020/07/19 19:20
2020/07/19 19:02
2020/07/19 18:40
2020/07/19 16:50
2020/07/19 15:58
2020/07/19 15:03
2020/07/19 14:52
南部氏城廻りⅣ 角御殿表門辿り着けず! (2015/05/25 訪問)
平成27年5月南部氏城廻り第4弾、根城を終えて夕方近く八戸市役所駐車場に車を停めて探訪開始、半地下の駐車場から公会堂に抜けて地表へ三八城公園の入口に大きな八戸城城名石碑が殿と出迎え、公園内城址をぐるっと探訪、西、北側が段丘の崖に成ってる、本丸に初代藩主南部信房公の像がある、八戸城の紹介写真で有名な角御殿表門が有るはずなのだが周辺の案内では分からず辿り着けず、事前に住所番地地図をしっかりと確認しなければと残念❕
後で調べたら八戸市役所前広場東の南部会館の表門として移築されてました。 近くに在って灯台下暗しでしたホントに残念。
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2020/07/19 14:51
2020/07/19 14:33
2020/07/19 14:28
2020/07/19 14:18
平戸城 (2018/07/14 訪問)
正百名城11城目。
長崎県北部の平戸市にやってきました。
市街地にありますが、鉄道からバスを乗り継ぐ必要があります。
車で行った方が楽でしょう。
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2020/07/19 13:33
2020/07/19 13:13
佐賀城 (2018/04/30 訪問)
正百名城9城目。
佐賀駅より徒歩で30分ちかくかかります。
市内バスを使う方がよろしいでしょう。
近隣に佐賀神社もあります。
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2020/07/19 13:01
2020/07/19 12:46
福岡城 (2017/12/30 訪問)
正百名城7城目。
黒田官兵衛の息子である黒田長政公の居城です。
福岡市内にある舞鶴公園にあります。
市内バスor地下鉄で容易にアクセスできます。
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2020/07/19 12:24
吉野ヶ里遺跡 (2017/12/29 訪問)
正百名城6城目。
帰省のついでに少し寄り道しました。
城郭ではありません。
古代の集落ですが、趣きはあります。
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2020/07/19 11:20
日本三大山城の一つ (2019/12/31 訪問)
二の丸あたりの石垣が見えてくるまでは、ここに壮大な城郭があったとは、とても信じられない山の中です。
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2020/07/19 10:18
仙台藩宿老後藤氏の要害跡 (2020/07/18 訪問)
梅雨の晴れ間、藩政時代に当地を領した後藤家の古文書を閲覧する機会に恵まれ美里町を訪問。その帰り道、城址と後藤家歴代の墓所がある「月州山皎善寺」を訪れました。鶴頭城(別名西館)は天正年中には鳴瀬川対岸の伊達家臣遠藤氏が拠る千石城に対する大崎氏の属城であった。政宗入部後の慶長16年(1611)からは仙台藩宿老の後藤氏に与えられ伊達21要害の一つ不動堂要害として明治を迎えます。城址は本丸である居所に東に大手門、西に内門を構え、西曲輪と士屋敷が四方を取り囲む。南側は鳴瀬川を天然の豪とし、東、西、北側に内豪、外豪を構える構造。遺構は西曲輪の土塁、本丸の切岸、井戸、内濠が残るが、東に隣接する皎善寺内に「内門」が移築されており二代近元公はじめ後藤家累代の墓所とともに見学をお勧めしたい。本丸北側に駐車場がある。
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