水口岡山城は、中村一氏が豊臣秀吉から命を受け、甲賀の支配拠点として大岡山に城を築いたのが始まりで、築城にあたっては三雲城・大溝城等から資材が運ばれたと云われています。
一氏は、小田原の役の戦功により府城に転封され、代わって増田長盛が入城、さらに1595年には長束正家が入城した。長盛も正家も豊臣政権の五奉行を務めた秀吉の重臣であり、この甲賀の地が豊臣政権にとって重要な地と認められていた。
水口岡山城の現在は、県立自然公園として綺麗に整備され散策しやすくなっています。遺構は、曲輪・土塁・石垣・空堀・竪堀が良好に残っています。駐車場は水口小学校の西100m程に専用駐車場があり、登城口・説明板もあります。他にも城山中学校の南側にも登城口はありますが、駐車場はありません。(こちらから登った先にトイレが完備されています。
6年振り2度目の登城となりますが、前項で記入した中村一氏・増田長盛・長束正家などのビックネームの武将達がこの城で如何に戦国の世の甲賀を支配したのかと考えると感慨深いものがあります。(*'ω'*)
縄張りは、主郭を中心に西側に西郭、東側に二の郭・三郭・四郭が連郭式繋がり、主郭は往時を窺わせる石垣が残り(*^-^*)天守台と考えられる遺構が2か所存在しています。
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