あけちじょう

明知城

岐阜県恵那市

別名 : 白鷹城
旧国名 : 美濃

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本丸
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todo94

13年ぶりの再訪 (2020/04/04 訪問)

大正村の駐車場に車を駐め、明智光秀ゆかりのスポットを巡りました。手植えの楓、供養塔、お牧の方の墓所、産湯の井戸等々。お城EXPOで購入した前売り券で大河ドラマ館も。中でも一番感動したのはこの明知城。幟は白鷹城となっています。13年前にも登城していますが、本丸ですらうっそうとした林だったので、見違えるように整備されていて吃驚しました。畝城竪堀もとても見やすかったです。いくつも存在する明智光秀生誕地ですが、かつて明智町を名乗っていた此処はやっぱり気合いの入れ方が違うなと強く感じました。

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🏯城好きのメガネ

「白鷹城」 (2020/03/20 訪問)

<オススメ>★★★★★
明知城は、明知遠山氏累代の居城であり遠山十八城のひとつである。標高530mの山に築かれた天険の地形を巧みに利用した山城である。源頼朝の重臣の加藤景廉が明知を含む遠山荘の地頭に任ぜられたのが始まりである。戦国時代には、交通の要衝であったため武田家や織田家に翻弄された。武田家の秋山虎繁(信友)、織田信忠(織田信長の嫡男)、森長可など目まぐるしく城主が変わった。秀吉の死後、田丸直昌が城主となるが、関ヶ原の戦いで西軍につき改易されると、遠山利景が先祖代々の土地を奪還する。一国一城令による廃城以降は山麓の陣屋にて、明治維新による廃藩置県に至るまで遠山氏がこの地を治めた。現在、土塁や堀切など遺構が遺されている。

<アクセス>
明知鉄道・明知駅 徒歩約20分

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やなぎぶそん

比較的規模も大きい (2019/10/26 訪問)

比較的規模も大きく、堀切や曲輪が割と残っており、楽しめます。

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刑部

明智光秀誕生の地? (2020/03/19 訪問)

まず、大正ロマン館の大河ドラマの展示を観てから明知城へ15分程で本丸跡、途中堀切や土橋を渡り遺構に興奮しながら散策。 登城入口にマップがあるのでそれを見ながら城址散策するといいと思います!その後は陣屋跡・お牧の方の墓所・光秀産湯の井戸等を周りました とても良かったです。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 遠山景重
築城年 宝治元年(1247)
主な城主 明知遠山氏
廃城年 元和元年(1615)
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀
指定文化財 県史跡(明知城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 岐阜県恵那市明智町城山1318-1
問い合わせ先 明智振興事務所
問い合わせ先電話番号 0573-54-2111