あけちじょう

明知城

岐阜県恵那市

別名 : 白鷹城
旧国名 : 美濃

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本丸北西下の畝状竪堀群
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T-Shionoya

明知城 別カテゴリーの畝状竪堀群 (2026/03/01 訪問)

3月に訪れた城は岐阜県恵那市の明知城。

木曽川や東山道の南に広がる丘陵地帯、その中の小さな盆地に東側の山地から張り出した比高約60mの小山一帯を城塞化した城。
西麓には矢作川の支流・明智川が流れ、東山道と岡崎を結ぶ街道と、信濃と尾張を結ぶ街道がクロスする地。

1247年に遠山景重が築城したとも伝わるが、最近の発掘調査では1500年代中期の築城と考えられている明知遠山氏の居城。
1574年に武田勝頼の攻撃を受け落城し、更に小牧長久手の戦いで遠山利景が森長可に逐われるが、関ヶ原の戦いで利景が奪還。ここで利景が改修し、出丸や本丸には石垣が用いられたと見られているが、1678年から遠山氏が江戸に常住となると、代官の村上氏が陣屋を管理したとのこと。

現在は、日本大正村の観光スポットの1つである県指定史跡の城跡。

訪問時は、陣屋跡からその北側の土塁に沿って進み山城エリアへ入城。
1番の見どころである畝状竪堀群へたどり着くと、私がこれまで見てきたものは全くの別種で、とにかく巨大。
他にも本丸西側の堀切周辺の防御施設や、貯水池、隠しアイテム的な出丸の「くつ石」もしくは「旗立石」などと呼ばれる石など見どころは豊富。
滞在時間は3時間を越えた明知城が、私の城郭巡りの230城目となりました。

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ボン

明知城:2019年4月20日:その他城-7 (2019/04/20 訪問)

別名:白鷹城、明智城
駐車場から登ってすぐ。
こことは別に明知陣屋(その他城-6)にも行った。陣屋は観光地の「大正村」の中。

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しんちゃん

明知遠山氏 (2025/11/16 訪問)

オシロフェスに向かう途中で「リア攻め」がてら付近の城址を攻略して行きました。明知城は大正村に遊びにきているころから何度か訪問しています。山城の良さが分かってくると本当に良い城だということが分かりますね。特に畝状竪堀が素晴らしい。
竪堀に付随している土塁もでかいです。これだけ分かりやすい形状をしている畝状竪堀はなかなか無いです。ちなみに案内板には畝状空堀群と記載してありますが、横堀と竪堀が組み合わさっているようです。
本丸と南の曲輪は現在調査中でブルーシートがかかっていました。
明知城は明知遠山氏代々の居城で、うぃきによると遠山十八城の一つとされています。「明知遠山氏」は「岩村遠山氏」「苗木遠山氏」と並んで遠山三頭の一つとされているようです。
遠山氏の祖は源頼朝が伊豆で挙兵したときに頼朝に味方した加藤景廉とされ、景廉はその際に平氏の目代・山木兼隆を討ち取ったとされています。

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遠山景重 (2024/12/12 訪問)

 明知遠山氏の居城で、標高530mの山に築かれた天険の地形を巧みに利用した城です。令和6年12月27日まで本丸、出丸で発掘調査が行われていて、この日も関係者の方々がみえていました。遺構はよく残っていて曲輪、竪堀、堀切、横堀、切岸、土塁などを観ることができます。畝状竪堀が一番の見どころだと思っています。
 2年前の全国山城サミット恵那大会に参加したとき以来の登城となりました。よく整備された城址で、気持ちよく散策できます。今回は搦め手登城口より登城し稲荷神社登城口へ下りてきました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 遠山景重
築城年 宝治元年(1247)
主な城主 明知遠山氏
廃城年 元和元年(1615)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀
指定文化財 県史跡(明知城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 岐阜県恵那市明智町城山1318-1
問い合わせ先 明智振興事務所
問い合わせ先電話番号 0573-54-2111