3月に訪れた城は岐阜県恵那市の明知城。
木曽川や東山道の南に広がる丘陵地帯、その中の小さな盆地に東側の山地から張り出した比高約60mの小山一帯を城塞化した城。
西麓には矢作川の支流・明智川が流れ、東山道と岡崎を結ぶ街道と、信濃と尾張を結ぶ街道がクロスする地。
1247年に遠山景重が築城したとも伝わるが、最近の発掘調査では1500年代中期の築城と考えられている明知遠山氏の居城。
1574年に武田勝頼の攻撃を受け落城し、更に小牧長久手の戦いで遠山利景が森長可に逐われるが、関ヶ原の戦いで利景が奪還。ここで利景が改修し、出丸や本丸には石垣が用いられたと見られているが、1678年から遠山氏が江戸に常住となると、代官の村上氏が陣屋を管理したとのこと。
現在は、日本大正村の観光スポットの1つである県指定史跡の城跡。
訪問時は、陣屋跡からその北側の土塁に沿って進み山城エリアへ入城。
1番の見どころである畝状竪堀群へたどり着くと、私がこれまで見てきたものは全くの別種で、とにかく巨大。
他にも本丸西側の堀切周辺の防御施設や、貯水池、隠しアイテム的な出丸の「くつ石」もしくは「旗立石」などと呼ばれる石など見どころは豊富。
滞在時間は3時間を越えた明知城が、私の城郭巡りの230城目となりました。
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