とばじょう

鳥羽城

三重県鳥羽市

別名 : 鳥羽の浮城、錦城、二色城
旧国名 : 志摩

投稿する
本丸石垣
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

くろもり

九鬼水軍の海城 (2019/01/14 訪問)

三ノ丸広場にパンフレットが置いてありました。

本丸広いです。そして鳥羽水族館から見る感覚以上に、本丸が高所に位置しています。同じ海城である大分県の丹生島城(臼杵城)の倍は高さがある感覚でした。本丸からは鳥羽湾や城主・九鬼嘉隆(くきよしたか)公が眠る答志島(とうしじま)が一望でき、水軍大名になったような気分で気持ちよかったです。お城に興味がない方にも本丸からの鳥羽湾の景色はおすすめできます。

個人的には、古城図には見られない三ノ丸広場の段々の変な石垣よりも、旧鳥羽小学校の校門出てすぐの四差路辺りにある古い石垣が印象に残りました。よく見ると石垣の説明があり、カメラのズームを最大にして撮影すると文が読めたので、ここに文を書いておきます。
「鎬隅の石垣 鈍角に石垣が折れ曲がったところは鎬隅(しのぎすみ)と呼ばれ、地形を削って築城する古い時期の特徴とされています」※6枚目の写真の上の石垣です。

城址散策の後は、中之郷のフェリー乗り場から九鬼嘉隆公が眠る答志島へ。中之郷から答志島の和具(わぐ)へは船で35分、540円でした。鳥羽駅近くのフェリー乗り場からも行けます。答志島では帰りのフェリーが1時間後、それを逃すとさらに1時間30分後となるので、足早に九鬼嘉隆公の胴塚と首塚へお参りしました。首塚は少々山に登りますが、島の方が案内をたくさん建ててくれているので、迷うことはないかと思います。自分はフェリー乗り場から胴塚・展望台・首塚を散策して、フェリー乗り場に戻ってきたのが45分後くらいでした。展望台(愛知県の渥美半島は見えます)に行かなくても良いなら、普通に歩いても1時間で十分周れると思います。

首塚から本丸はギリギリ見えませんでした。城山公園辺りまでなら見えます。本丸から首塚のある山は見えません。城山公園から見える答志島の右に突き出た小山が首塚のある山です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

海に浮かぶ海賊大名の城 (2018/10/13 訪問)

九鬼水軍を率いた水軍武将の九鬼嘉隆が1594年に築いた鳥羽城に行ってきました!
鳥羽城の最大の特徴は、大手が海側、搦手が内陸側に位置することであります!
つまり大手門が海に面しており、大手水門が海側に開いた構造になっています!
鳥羽城の東側は海に面し、内陸部の西側には堀を巡らしています!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カルビン

水族館のタイアップ (2018/08/17 訪問)

鳥羽水族館が見てみたくて深夜バスでやってきました。

開園前の時間を利用して九鬼氏の菩提寺と鳥羽城を見学。


意外としっかり残っていた石垣にちょっと得した気分に。

三ノ丸から見える段石垣は確かに絶景でしたが、現代の手が多く加わっている感がしてちょっと残念でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

海賊大名の城 (2018/05/20 訪問)

遺構は本丸周辺と家老屋敷跡の石垣くらいですが、
三の丸広場から見上げる七段の石垣は見応えがありました。
また本丸からは鳥羽湾が一望でき、海賊大名として知られる
九鬼嘉隆の本拠地というのも納得です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 平山城、海城
天守構造 型式不明[3重/1633年築/倒壊(地震)]
築城主 九鬼嘉隆
築城年 文禄3年(1594)
主な改修者 内藤忠重
主な城主 九鬼氏、内藤氏、土井氏、稲垣氏
廃城年 明治4年(1871)
遺構 曲輪、石垣
指定文化財 県史跡(鳥羽城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 三重県鳥羽市鳥羽3
問い合わせ先 鳥羽市観光課
問い合わせ先電話番号 0599-25-1157