とばじょう

鳥羽城

三重県鳥羽市

別名 : 鳥羽の浮城、錦城、二色城
旧国名 : 志摩

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市役所側の登城口
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赤い城

九鬼水軍の海城 (2026/08/14 訪問)

田城城の後は鳥羽城、九鬼嘉隆が築いた城です。
海に面し、当時陸側には堀が巡らされ島のような海城でした。
市役所裏手の駐車場を利用、すぐに家老屋敷の石垣があります。
野面積みで迫力がありました。

石段を登り城山公園へ。
さらに本丸へと進みます。
本丸には石垣が現存しています。
石垣の説明板には「石垣には排水のための水抜き抗もあります」と記載されていました。
探す必要があります😌がまずは本丸へ。

広く眺望も良いですが小学校のグラウンドとして利用されていたためかなり改変されています。
かつては三重の天守と本丸御殿がありました。

本丸から降りて再度石垣を見学、南側の石垣に水抜き抗がありました。
この時季なので草で見えにくいですがなんとか撮影できました。
下に案内板も設置されています。

一旦下山し相橋へ。
鳥羽城と武家屋敷を繋ぐ橋で江戸時代の石積が残っています。
しばし海沿いを散歩し三の丸広場へ。
海側に大手があるまさに水軍の城、十分に楽しめました。

【見どころ】
 ・家老屋敷の石垣
 ・本丸の石垣
 ・眺望

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イオ

九鬼嘉隆最期の地 (2025/08/03 訪問)

鳥羽城を築いた九鬼嘉隆は、関ケ原の戦いで西軍につくも敗れて答志島に逃れます。家督を継いで東軍についていた九鬼守隆は徳川家康に父の助命嘆願をし許されますが、嘉隆は助命の使者が着く前に九鬼家の将来を案じた豊田五郎右衛門(嘉隆の娘婿)に促されて自刃…。答志島には嘉隆の首塚や胴塚が祀られています。

この週末(といっても半年以上前)は家族旅行で伊勢志摩に行きましたが、城には行かないまでも鳥羽周辺で泊まるのならせめて答志島で、と朝食前に九鬼嘉隆最期の地を中心に答志島の和具地区を散策しました。嘉隆は洞泉庵の境内(現在の答志和具コミュニティセンター)で自刃し、介錯した刀を洗ったとされる池が血洗い池として伝わっています。洞泉庵の先には嘉隆の胴塚が建てられ、さらに先の築上山頂には首塚があるようです。時季的に登山口は藪が茂っていてどうなることかと思いましたが、散策路はおおむねよく整備されていて10分程度で山頂に到着。嘉隆の首は首実検の後、この地に葬られたとされています。山頂からは嘉隆が水軍を率いた鳥羽湾から太平洋までが一望でき、海賊大名と呼ばれた嘉隆が葬られるには相応しい地かもしれないな、としばし手を合わせました。

答志島の細い路地裏は日本遺産の構成資産になっていて、築上山を降りてホテルに戻る間にも八幡祭の炭で書かれた魔除けの「まる八」をいくつも見かけました。魚介も美味しかったですし温泉も気持ちよく、歴史と伝統が今に息づく魅力ある島でした。
 

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にのまる

すてきでした! (2025/08/12 訪問)

田丸城見学後、参宮線🚃で移動しました。
最初に妙慶川に架かる相橋へ。江戸時代の石積みが見られる相橋門跡。ここに限らずですが、お城めぐりをしていて、〈わずかに残る〉〈少し離れたところにある〉〈見落としがち〉な遺構の存在を知ると見に行かずにはいられないのは城びとみなさん共通なのではないかと思います。しっかりと目に焼きつけてきました。

続いて家老屋敷跡へ。野面積みの石垣がどっしりとしてかっこよく、想像以上に立派でした。鳥羽幼稚園の表札と園舎がありましたが既に閉園したのか人の気配はなかったので、眺めていても不審者感は(多分)なかったと思います。

そのまま城山公園へ上がると『❤️TOBA』のフォトスポットが(^^)
お城のことしか考えずに来たので、海と真珠の観光地であることにようやく気がついた次第です。広場にある、九鬼嘉隆に因んだという〈嘉隆桜🌸〉もきっと訪れる人たちを幸せな気持ちにしてくれるんだろうなと思いました。

城山公園には「鳥羽城はここではなくてこの上↑ですよ!」という親切な案内がありました。ここで引き返してしまったらあとで落ち込むこと必至なのでとってもありがたいです。

本丸御殿跡、天守跡、大井戸跡、また発掘調査での出土品などの説明看板を読みながら見学しました。建造物はなくとも、「まさにこの場所で!私の足もとに!」とお城浪漫に浸るのはとても楽しいです。

最後に三の丸広場へ。
岩村城を彷彿させる七段石垣は「城山を美しくみせたいプロジェクト」によるものだそうですが、上から見ても下から見上げても見事な美しさでした。

せっかくなので美味しい海鮮が食べられたらいいなぁとも思ったのですが、お一人様で入店する勇気がなかったです😓

🚃は近鉄の方がビュンビュン走っている感じでしたが18きっぱーだったのでJRの「快速みえ」で戻りました。このあたり、JRと近鉄が同じところを走っていたり、改札が同じだったり違ったりで利用方法が若干難しく、頭をいっぱい使って鉄勉になりました。(←でももう忘れました。)

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橋吉

鳥羽城 (2025/07/09 訪問)

鳥羽水族館のすぐ西には国道42号線・近鉄志摩線が通っており、その向こうに見える丘が鳥羽城本丸です。
鳥羽水族館駐車場から歩いても行けそうでしたが、熱中症警戒アラートが発令されていたこともあり、クルマで鳥羽市役所駐車場までワープしました。

家老屋敷跡・本丸さらに二の丸旧鳥羽小学校校舎と見学しました。
また、西側には十数段の段々石垣があり、その下に三の丸があります。
所要時間 45分

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城郭情報

分類・構造 平山城、海城
天守構造 型式不明[3重/1633年築/倒壊(地震)]
築城主 九鬼嘉隆
築城年 文禄3年(1594)
主な改修者 内藤忠重
主な城主 九鬼氏、内藤氏、土井氏、稲垣氏
廃城年 明治4年(1871)
遺構 曲輪、石垣
指定文化財 県史跡(鳥羽城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 三重県鳥羽市鳥羽3
問い合わせ先 鳥羽市観光課
問い合わせ先電話番号 0599-25-1157