続日本100名城

ふるみやじょう

古宮城

愛知県新城市


旧国名 : 三河

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古宮城
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虎の子

城への交通手段実践レポート (2021/11/23 訪問)

※吉田城、亀山城と共に登城
※前日名古屋駅付近に泊

8:03名鉄名古屋(名鉄特急)、8:58豊橋
 (徒歩20分)豊橋市役所展望室(13F 続百名城スタンプ 8:00-22:00) + 吉田城跡

10:42豊橋(JR)、11:18新城
 (徒歩4分)大善寺 家康の娘亀姫のお墓があります(時間があればどうぞ)

12:06(大善寺から徒歩1分)新城栄口・新城駅口(路線バス)、12:43作手高里
 (徒歩3分)作手歴史民俗資料館(続百名城スタンプ 10:00-15:00火休)
 (資料館から徒歩13分)古宮城跡
+周辺城跡散策(川尻城址、塞の神城址、石橋城址、亀山城址)

15:40つくで手作り村(道の駅)(路線バス)、16:12新城栄口・新城駅口、16:41新城(JR)、17:16豊橋
18:51豊橋(JR新幹線)、20:05品川

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とばつびしゃもん

遺構がほぼ完全な状態で残る城 (2022/10/09 訪問)

湯谷温泉から作手歴史民俗資料館へ。古宮城模型を見学し続日本100名城スタンプポン。
資料館から数分で城址に到着。城址の一角にある白鳥神社横の駐車スペースに車を駐車し登城開始。
祭事中のところを邪魔しないよう神社の右手から城内へ入る。主郭の虎口では神社の御神木である大木が目に留まる。曲輪、土塁、堀切など、遺構を1時間ほどかけて見て回る。中には牢屋と考えられる曲輪がありました。
城址は公園的な整備がされていないが、戦国時代の城郭がほぼ完全な状態で残されていて極めて貴重とのこと。城内は個人所有地という注意を促す看板もあり、迷惑にならないよう登城する必要あり。

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じゅんじん

プロデュース馬場 (2023/09/30 訪問)

馬場美濃守信春公の縄張りです。
巧みです。
馬場さんのお城好きです。
作手の資料館で模型がありお城の説明をしていただけます。

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しんしんちゃん

本丸の 土塁が語る 逃げんなよ (2023/10/01 訪問)

古宮城は元亀元年(1572)馬場美濃守信春の縄張りで築かれたとされています。
武田方の三河進出のための重要な拠点であり、亀山城の奥平氏を見張る役目を負っていた
という説もあります。小山全体が城郭として改造されていて、その精緻な縄張りは
土の城の到達点の一つといっても良いと思います。西側を除く周囲を泥炭質の湿地に囲まれ、
西側には水濠を備えていたようです。白鳥神社への階段が城址への入り口となり、
両袖枡形と呼ばれる虎口を経て本丸に至ります。この本丸ですが中央を土塁で隔て
東西に分かれています。‥これは容易に降伏などせず最後まで戦えという馬場美濃守の
メッセージでしょうか?‥無言の圧を感じます。今の時代ならハラスメントですね。
死にハラですね。本丸の北側は曲輪が段々に連なります。五段はありますね。
本丸西側から大竪堀が北側に続いていて西の曲輪とを分けています。この西の曲輪も
枡形虎口や丸馬出しを備え一城二郭の様相を呈しています。木の根の張った土塁の下を
堀切と土塁が周回し、なかなか壮観な眺めです。非常に見所が多い城で、林立する樹木が
絶妙な保水力を有し雨から遺構を守ってくれてます。土塁や空堀を復元せずにこの姿を保って
いることは奇跡的だと思います。まさに土の姫路城とも呼べる城です。
ただ古宮城も手勢が少なかったとはいえ徳川方にあっさり落城させられてしまっています。
本格的な水堀などを備えていない中世の土の城の到達点でもあり、限界を示した城でも
あると思います。ちなみに城兵は落城の際に逃げて行ったらしいです。土塁のメッセージは
無視されたようですね。

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城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 元亀2年(1571)?
築城者 武田信玄?
主要城主 小幡氏、甘利氏、大熊氏(武田氏家臣)
近年の主な復元・整備 不明
主な関連施設 碑、説明板
主な遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、竪堀
住所 愛知県新城市作手清岳字宮山