くわなじょう

桑名城

三重県桑名市

別名 : 扇城、旭城
旧国名 : 伊勢

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

橋吉

九華公園 (2011/07/09 訪問)

桑名城は、永正年間(1504年~1521年)、この地を支配した伊藤氏が設けたのが最初と伝えられています。
さらに、織田信長の家臣の滝川一益が治めた後、、一柳右近や氏家行広と城主をたびたび変えてきました。。
関が原の合戦の翌年である慶長6年(1601年)、徳川家康は四天王の一人、本多忠勝を10万石で桑名に配置しました。

忠勝は近世城郭を完成させ、城下の町割りを行って桑名藩を成立させました。
後に城主は久松松平家、久松松平家、そして再び久松松平家と幾度か代わりましたがいずれも、徳川家の血縁で固めているのは、この土地がきわめて重要であったためだと思われます。

現在は九華公園となり広く市民に開放されています。

+ 続きを読む

カルビン

セクシャル、バ~イオレッ♪ (2014/11/23 訪問)

お城巡り初三重県のトリに訪問した桑名城。
大体戦国時代に興味ある人なら高確実で本多忠勝の最後の支配地が気になると思います・・・勿論自分もそのクチでして(ーωー;)ゞ

期待して訪問した割には遺構があまり残っておらず、ちょっとガッカリしたものです。

その時は城址公園内にある水堀と本丸跡、本多忠勝像くらいしか見なかったのですが、後で菩提寺や櫓がある事を知り(当時櫓は見えていたハズなのに、何故か櫓と思わなかったんですよねww)

んで約1年後の後日、名古屋泊で近鉄線始発で桑名に行き、無事櫓と菩提寺(浄土寺)を見学してきました。


大多喜もそうですが、本多忠勝の支配地ってどちらも当時の遺構がほぼ残っていないのが残念です・・・
戦闘の強さばかり目立つ本多忠勝、意外と治世もうまくやっていたとはいえ、里見支配の跡地の大多喜や十楽の津と言われる桑名は支配が難しかった為か、お城にそこまで手がつけられなかったのかな?と思ってしまいます。


・・・どうしても本多忠勝というと高田総督を思い出してしまいますな~(真田丸とハッスルがごっちゃにww)


あ、タイトルは桑名正義さんのセクシャルバイオレットNo.1で特に意味はありません(桑名つながりだけwww)

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

じゅんじん

散歩 (2019/11/05 訪問)

お仕事できたので散歩

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

こげら

幡龍櫓 (2019/03/11 訪問)

七里の渡し場跡にあります。

+ 続きを読む

城郭情報

分類・構造 梯郭式平城
天守構造 複合式層塔型[4重6階/1635年築/焼失(火災)]
築城主 本多忠勝
築城年 慶長6年(1601)
主な改修者 松平(久松)定勝
主な城主 本多氏、松平氏
廃城年 明治6年(1873)
遺構 曲輪、石垣、堀
指定文化財 県史跡(桑名城跡)
再建造物 蟠龍櫓(外観復元)、石碑、説明板
住所 三重県桑名市吉之丸3421-1他
問い合わせ先 桑名市文化課
問い合わせ先電話番号 0594-24-1361