琵琶湖東岸を北上する国道8号線と西岸を北上する161号線が合流する地点で、昔からの交通の要所にある。敦賀は日本海側の良港である。8号線や161号線を走り、敦賀には何度となく行ったが、国道を逸れて疋田の町並みに入るのは初めて。
雪が残っているなか登城。街道側は笙の川が削った急斜面、反対側の今は北陸本線側は、堀で守っている
本丸登り口脇に手作りのポストあり。登城メモや敦賀周辺の城の紹介パンフが備えられていた。パウチされた地形、遺構図が置いてあったので参考になった。
疋壇城下の街道沿いに、敦賀運河の遺構が整備されて残っていた。これも初めて知った。運河沿いの道も石畳ふうにして整備されている。
古来、敦賀港から、京都、大阪に物資が大量に運ばれ、琵琶湖と淀川の水運が活躍していた。敦賀と琵琶湖の間の山は300〜400mと比較的低く、平清盛の時代から、ここに運河を通す構想が何度もあり、着工されたものもある。敦賀運河遺構は、黒船襲来の時代のもの。日本海から、標高70mの疋田まで運河を作り、人が綱で引いたり、竿で押したりして平底舟を引き上げたと。説明板の写真を添付したので詳しくはそちらをどうぞ。
+ 続きを読む










