続日本100名城

やまとこおりやまじょう

大和郡山城

奈良県大和郡山市

別名 : 郡山城、冠山城、犬伏城、雁陣之城
旧国名 : 大和

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大和郡山城
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関西の桜は明日が見納め予報 (2026/03/27 訪問)

 近鉄でお堀端を通ることは多かったのですが、大和郡山に所用あり、ついでに、数十年ぶりの大和郡山城訪問。桜が咲き始め、お城まつりが始まってました。DGM MORIやまと郡山城ホールで開催中の大河ドラマ館は、この日、休館であることは知っていましたが(おそらく、DGM MORI株主総会日のため)、追手東隅櫓続きの多門櫓の展覧会も休館で残念。
 極楽橋、天守台発掘調査展示、郡山城情報館など、以前はなかったものを見られました。緑曲輪の馬場跡の地味な展示がよいですなあ。比較的時間があったので、外堀の一部や城域外も散策しました。城びと先人があまり投稿してない箇所の写真を投稿します。観光案内に「荒木又右衛門屋敷跡」とあったのが気になり、城の南西、移築門がある永慶寺の前を進み、説明板と石碑に到着。以前は、立派な門があったそうですが、今は、小さな石碑と民家の塀に説明板が掲げてあるだけです。説明板を読んでいると、民家の方が声を掛けてくれ、お話をうかがうことができました。若い人は荒木又右衛門を知らないと、嘆いておられました。私も伊賀上野鍵屋の辻の仇討ちをおぼろげに覚えていただけ...。
 その後、大納言塚、金魚資料館、稗田環濠集落、下ツ道、番条環濠集落と歩きました。
 追手門の外に、陣甫曲輪という細長い馬出し的な郭があるのですが、その東縁、石垣沿いに民家が一列、並んでいます。一番追手門に近いお宅が、インド料理店をやっておられます。前回訪問時は、若くて一人ではよう入らんかったのですが、大人(年寄り)になった今回は、一人で入り、数十年ぶりの宿題を果たした感じ。近鉄で郡山城脇を通るたびに思い出していたもので。お店の方に聞くと40年やっていると。そうすると前回行ったときは、開店したあたり。

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べっち

追手門 (2026/03/15 訪問)

追手門

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ヒロケン

豊臣秀長公の城 (2026/01/10 訪問)

大和郡山城は、奈良盆地の北西部に位置する西ノ京丘陵の南端部と、その東緑に広がる低地に築かれ、丘陵頂部と低地部との比高差はおよそ20mで、小高い丘陵地形を巧みに利用して築かれています。主要な曲輪群と武家屋敷を丘陵上に配し、町人地や寺社などの城下町は低地部に配しています。総構えは東西が1.6km、南北が1.5kmあり、外堀の総延長は6kmにもなります。
この地は、奈良と大阪を結ぶ諸街道に近い交通の要衝でもあり、また大寺院など既存の在地勢力圏を視界におさめることができ、大和支配の拠点としてこの地に築城した意図を汲むことが出来ます。(パンフレットより抜粋)

織田信長公の命により筒井順慶公が築城を開始しておりますが、この時期の遺構が確認できていないとのことで実態は不明ですが、この後に入城した豊臣秀吉公の弟、豊臣秀長公が100万石あまりを領有する城主に相応しい城とするため、大規模に整備されています。
普請に際しては、周辺から石材を集めた記録があり転用石も多くみられます。

大河ドラマ「豊臣兄弟」が放映され、自分一押しの「豊臣秀長公」が主人公であり、今年の城初めは何処にしようかと迷っていましたが、やはり大和郡山城と決めました。また、郡山城情報館が新設され、城郭模型や無料パンフレットが置かれており、その情報館の横に
新たな駐車場をできており、散策しやすくなっています。

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イオ

初日の出 (2026/01/01 訪問)

豊臣秀長ゆかりの城めぐりを一年の計に掲げたことでもあり、今年の城初めは大和大納言こと秀長の居城・大和郡山城で初日の出を。城びとの初日の出記事で見て以来、ずっと行ってみたいと思っていましたが、ようやく果たすことができました。

緑郭に整備された郡山城情報館の駐車場から登城開始。日の出の時間が迫っていたので真っ直ぐ天守台に向かいましたが、すでに天守台は鈴なりの人々で埋め尽くされています。それでも何とか天守台に上って待つこと10数分、奈良盆地東の山並みが次第に明るさを増し、やがて差し込む今年最初の曙光! 初日の出を見ること自体ずいぶん久しぶりですが、どんどん輝きを増す曙光は神々しいばかりで、思わず手を合わせていました。今年も一年ご安全に城めぐりができますように…。

初日の出を拝している間、天守台は雅楽の音色に包まれていました。そして日が昇って明るくなった城内を見渡し、初日を浴びる天守台、極楽橋越しの天守台、豊臣兄弟!ののぼり旗が立ち並ぶ追手門や追手向櫓を眺めつつ、内堀沿いに駐車場に戻り、最後に緑郭からの天守台を眺めて大和郡山城を後にしました。

…ということで、今年の城初めにして豊臣秀長ゆかりの城めぐり、題して「月影の男紀行」開始です。ちなみに「月影の男」というのは、以前に「英雄たちの選択」の秀長の回に用いられていた呼称で、幼名が日吉丸とされる秀吉が自ら光を放つ太陽ならば、秀長は兄が発する光を受けて輝く月に例えられ、月だけで世を照らすことはできないとしても、兄の光が届かない夜の闇を秀長が照らすことによって豊臣政権は支えられていたのかな、と考えると実に秀長に相応しい呼称だと思っていましたので、勝手ながら拝借させていただきます。

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城郭情報

城地種類 輪郭式平山城
築城年代 応保2年(1162)[雁陣之城]、天正8年(1580)[郡山城]
築城者 郡山衆[雁陣之城]、筒井順慶[郡山城]
主要城主 筒井氏、豊臣氏、水野氏、柳沢氏
文化財史跡区分 県史跡(郡山城跡)
近年の主な復元・整備 筒井順慶、豊臣秀長、増田長盛
天守の現況・形態 型式不明[5重6階?/1583年築/焼失(火災)?]
主な関連施設 追手向櫓、追手門、東隅櫓、多聞櫓、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)
住所 奈良県大和郡山市城内町2-18
問い合わせ先 大和郡山市地域振興課
問い合わせ先電話番号 0743-53-1151