京都から近鉄線に乗り、近鉄奈良駅へ着きました。「おお😯ここが奈良の都か~!」恥かしながら奈良県に来たのは初めてです。ここではやる気持ちを抑え、郡山城へ行く前に、せっかくなので先に奈良市内を観光する事にしました(すいません)。
話を少し戻します。豊臣秀長は1588年9月、秀吉に招かれ京に上洛し聚楽第を訪れた毛利輝元を、広島へ帰る前に奈良にも立ち寄るよう誘います。そして自ら馬で出迎え歓迎したとか。「輝元殿~! ようこそおいで下されたー!」。そして「猿沢池→興福寺→東大寺→春日大社」と観光案内をしてもてなしたそうです。夜には深夜まで酒宴を開き、輝元とはとても昵懇の仲になったようです。
実はその背景には、四国や九州平定において、(小早川・吉川軍)を中心とした毛利軍の強さをまざまざと見せつけられた秀吉は、もし朝鮮へ出兵することになれば、西国の毛利の協力が不可欠、逆に毛利を絶対に敵に回してはならぬと考えたようです。そこで秀吉は秀長に、「何とかして毛利が今後も味方となってくれるよう、輝元の機嫌をとってちょ!」と密かに命を下していたのではないでしょうか? 相変わらずの無茶な要求に見事に応える秀長も、本当にすごいですよね。しかしこれが、秀長にとって兄を支える最後の仕事となってしまいました。私もそれに習い、同じルートで奈良を観光してみました。
まずは有名な東大寺へ行きました。これが教科書で見た奈良の大仏か~(写真①②③)、何と😱でかい! もう修学旅行生の気分です。それから奈良公園を散策しました。鹿に囲まれ歩きにくかったです(いったい何百頭いるのだろう?🤔写真④)。そして猿沢池に立ち、ここから興福寺や若草山を眺めてみました。秀長と輝元もここから同じ景色を眺めていたと記録にあります。その時彼らは、どんな話をしていたのでしょうか?🤔 ちょうど五重塔が工事中で素屋根におおわれていたので、奈良で一番と言われる絶景が見られず残念でしたが、秀長はあの塔の上に曲芸師を呼ぶ余興も見せ、輝元を笑わせたりしてもてなしたそうです(写真⑤⑥⑦⑧)。
そして駅前の居酒屋に入ると、メニューに郡山名物「焼き厚揚げと抹茶チュ-イ」と書いてあるのを見つけたので、それを注文して食べてみました(写真⑨)いや~美味しかったです😊。夜は、東横イン近鉄奈良駅前に宿泊しました(写真⑩)。
次は、大和郡山城に登城します。
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