続日本100名城

やまとこおりやまじょう

大和郡山城

奈良県大和郡

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大和郡山城
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にのまる

予備知識は「さかさ地蔵」のみだったのですが。 (2019/01/12 訪問)

JR郡山駅から外堀緑地→頬當門→柳御門→三の丸公園→外堀→鉄御門と徐々に本丸に迫っていきました。街中でこういう城攻めができるとは!
外堀の石垣。野面積みにして高く美しく、全然見飽きません。復元大手門をくぐったあたりで既にかなりの満足度でした。
内堀の石垣も素晴らしいです!
本丸石垣の説明板の写真の石(写真③の〇で囲んだところ)、きっと「探してみて!」というメッセージだろうと思ったので、40倍ズームで探してみました!発見!!写真④と⑤です。結構楽しかったのでお時間のある方はぜひ!

現在も修復中の石垣がありますが、柳沢文庫で見たビデオの天守台解体復元の地道な作業の様子には思わずモニターの前に正座して見入ってしまいました。そしてその感動を抱いたまま向かった天守台は展望台になっていて、思っていたのとは少し違っていたけれど、現代の匠の技にも触れることが出来て感動でした。さかさ地蔵もチェックしました。伝羅城門の礎石はあとから(ついさっき)知ったのですが、とりあえず撮っていた写真の中にありました(^^;) 写真⑧の下から二段目の石のようです。

柳沢文庫で入手した筒井順慶展の図録に、生涯のライバル松永久秀の信貴山城絵図が載っていました。直前に行ってきたところで、弾正屋敷もしっかり描かれており、訪れたところが繋がって嬉しかったです。



柳沢文庫の定期の休業日には市役所でスタンプを押せ、イレギュラー休業日には柳沢文庫玄関前に出してあるそうです。(受付で聞きましたが、変更があるかもしれないので休日に行かれる方はご確認ください。)
柳沢文庫は17時まで、天守台に上がれるのもも17時までです。

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じゅんじん

閉まってた (2019/01/04 訪問)

本丸の見学は17時まででした。神社をお参りしようとしたら神主さんに追い出されました。周囲から眺めたのみです。

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勝野武士

追記。白沢門跡整備状況などなど。 (2018/12/16 訪問)

只今石垣の修理中。
極楽橋含め2020年春完成予定だとか。

完成予想図にはシレッと白沢門までが描かれておりました。復元予定は現在までのところ極楽橋だけで、白沢門まで復元する予定はないはずですが…はてさて。

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勝野武士

大和大納言百万石の巨城! (2018/12/16 訪問)

斑鳩の里散策からのー筒井城探索からのー…で、近鉄筒井駅まで戻ってきた時点ですでに時刻は15:40を過ぎておりまして、季節柄ちと時間的にヤバめかなと考えつつ。「…いや、筒井順慶つながりでもあるし、ここまで来たら行かぬテはないだろう」と思い直して、急ぎ目ではありますが念願の大和郡山城を訪れました。

大和郡山城は、筒井順慶が筒井城から本拠を移し、後に豊臣秀長が大和・紀伊・和泉百万石の太守として入城すると、城下町を整備したり、今に残る石垣を築いて付櫓を付随させた五層の天守を造ったりと大改修を加えました。
大和大納言家が断絶すると増田長盛が入り、総構えを築いて城下町をスッポリ囲んじゃいます。
後に天守が徳川家康の命により二条城に移築され(後に徳川家光の命により二条城は大改修、それに伴い慶長度の天守は淀城に移築されます)、以降天守は築かれることはありませんでした。
江戸時代に入ると水野勝成が入るもすぐに福山に移封、その後は本多、松平、また本多、また松平と目まぐるしく代わり、享保になって柳澤吉里(かの徳川綱吉の側用人として仕えた柳澤吉保の嫡男。綱吉の御落胤説もあるとか…)が入ると代々続いて明治を迎えました。

16:00過ぎ、郡山に到着。
すでに薄暗くなりつつあったので永澤寺(柳澤家の菩提寺だそうです)に移築された城門と城下町、総構えの遺構は泣く泣く諦めました。次回の楽しみとしましょう…(泣)。
さて、市役所近くに石垣が残る柳御門跡→鉄御門跡を経由して入城。この付近にも水堀が残り、お堀端を近鉄がビュンビュン通っています。
鉄御門跡を通ると目の前に壮大な毘沙門郭跡の石垣と内堀が見えます。鉄御門跡より内は二の丸跡と陣甫郭跡。かつて御殿が建ち並んでいた二の丸跡は現在郡山高校が建っています。
陣甫郭跡を内堀沿いに進むと木造で復元された追手門と東隅櫓が堂々と建っています。櫓門形式で多聞櫓と二重櫓でコの字に囲んで枡形を形成して、かなり威圧的な構えです。
追手門をくぐると左に折れ曲がり、かつては石段を登り切った先にも門があって内枡形となっていまして、追手門はさながら二重枡形。かなり堅固な構えです。
そしてその門跡をくぐれば巨大な本丸と天守台の石垣が目の前に!
ここから本丸に向かうには左に行くなら只今復元工事真っ最中(厳密には石垣修理の真っ最中)の極楽橋が架かっていた白沢門を通るか、右に通ればグルッと回り込んで竹林門を通らねばなりません。どちらにしてもこちらの動きは本丸から完全に丸見えで、ずっと本丸からの攻撃にさらされ続けるワケです。本丸に近づくにつれて威圧感が増しますね。
そして竹林門跡を通ればいよいよ本丸跡、そして天守台!デカい!興奮度Maxです。
本日のお目当てである天守台ですが、最近の調査で現在の石段を登るルートと異なり付櫓から地階を通り侵入するルートだったことが判明しております。
それにしても…転用石、多いですねぇ。天守台に特に多く使われてるような気が…。有名な『さかさ地蔵』もそうですが、普通に福知山城みたいに組み込まれた墓石、平城京の羅城門(伝)を使った隅石、石段に使われたどっかのお寺の礎石、そして露出展示の礎石にはナチュラルに梵字が…。
大納言、相当石集めに苦労したようですが、過去の大和の権力の現れともいえる宮跡や寺社の礎石を下敷きにして、その上に五層の天守…これにより徹底的に豊臣政権の権威を誇示しようとした、というのは考えすぎでしょうか。
そうそう、もちろん眺めも抜群でしたよ!遠く奈良市内、若草山も望めます。
ということは、天守が建っていたならば、奈良市内からも城がしっかり見えたということでしょう。威風堂々、カッコいい…!

余談になりますが、来たる平成31年元旦早朝に、天守台から初日の出を拝むイベントを行うそうです。甘酒も無料で振る舞われるそうです。機会のある方、如何でしょうか?

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城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 天正8年(1580)
築城者 筒井順慶
主要城主 筒井氏、豊臣氏、水野氏、松平氏、本多氏、柳澤氏
文化財史跡区分 県指定史跡(郡山城)
近年の主な復元・整備 天守台石垣解体整備、展望デッキ整備、天守台・付櫓台・周辺園路部舗装
主な関連施設 (公財)郡山城史跡・柳沢文庫保存会
主な遺構 本丸、二の丸(毘沙門郭・陣甫郭・常盤郭など)、天守台
住所 奈良県大和郡山市城内町2-18
問い合わせ先 大和郡山市地域振興課
問い合わせ先電話番号 0743-53-1151