陸奥・桑折城を終えて南西に直線距離約10km程、国道4号線沿いに在る大衡城を初登城。
車は大衡城青少年交流館、大衡城跡公園の南西角に綺麗なトイレと駐車場完備して居りここを利用。トイレ完備はありがたい。
ぎりょうさんの投稿で認知し今回の城廻りに桑折城に続けて大衡城も登城しました。
情報は余湖図コレクションさん、古城盛衰記さんも参考にしました。
駐車場から冠木門を潜って登城路、階段を登って行く本曲輪の南東に曲輪と堀、本曲輪の切岸が見事、東下に曲輪が数段有る様に見えるが樹木、草が茂り夏場は確認できない。
本曲輪に城郭風の青少年交流館、資料館が建ってる、当日は土曜日で休館、土日祝は休館の様です、由って二の曲輪に当たる駐車場は休館日は閉鎖でした。東側には住宅街が迫って居ます、丘陵の南西端を活用した丘城で北西から南東に掛けて埋川が善川に合流し自然の外濠を成している。
本曲輪からの眺めは素晴らしい西側、南側の早苗の田圃が光に輝いている、桜の頃は満開で城全体が装ってる事でしょう。
案内板に由る歴史:天文13年(1544年)下草城主黒川下総守景氏の次子治部大輔宗氏が大衡城を築城、大衡氏を名乗った。天正18年(1590年)子氏胤の時、秀吉の奥州仕置きで所領を没収され廃城。(内容抜粋)
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