駐車場が完備された山上碑・古墳入口からが便利。入口から石段を上れば山上碑がある。上野三碑と呼ばれ、完全に残るものでは最古らしい。一帯の山域は高崎自然歩道(部分的に関東ふれあいの道と重複)でよく整備されている。
案内板には源義家の孫、新田義重の子、義範がこの城に拠って山名氏を称し、以後八代にわたり当城を護ったと言う。築城方法から弓矢から鉄砲の時代なった頃に修復されたようだ、等と書かれている。
城址は遊歩道から右に入るが、入口辺りは城域の西端になるようだ。初めに堀切が見え、西斜面を上がれば木々の生い茂った小さな郭がある。戻り東に行くと少し大きめの堀切がある。この堀切から右手に本丸入口が設けられている。図では堀切の先から北に遺構があるらしいが、落ち葉・木々が多く踏み込むのを躊躇した。本丸よりも東の二の丸が広い等とあるが、事前知識がなく確認出来ず。本丸の西の郭に上がってみるが、狭い郭が確認できる程度だが、堀底からの高さは実感できる。本丸南下から東には、平地・堀切らしき場所もあり、おそらく二の丸下辺りと思われる所の高低差がすごい。
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