膳所藩代官所(城びと未登録)は、江戸期に錦部郡内の膳所藩領の代官所として設けられ、明治まで存続しました。
現在の長野こども学園の北東に位置し、絵図面によれば総坪数は300坪を超え、北側に門を設けた造りだったようですが、遺構は消滅しており、こども園の東側に石碑が、西側に説明板が建てられているくらいです。
なお、代官所は堺からの西高野街道に近接して設けられていたようで、説明板の少し南には九里の道標石が現存しています。さらに代官所から少し南(徒歩5分)の本町で京都からの東高野街道と合流して高野山へと続いており、人や物の往来が盛んな地であればこそ、この地に代官所を設けたのかもしれませんね。
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