海老瀬城からの転戦です。離合用空スペース(36.891573、136.962762)に路駐し、登城口(36.890744、136.962795)に向かいました。
詳細は不明のようです。城主については長沢善慶、菊池武勝などが伝えられています。
海老瀬城は古く南北朝の頃から能越を往来する古道「義仲道」に隣接して築かれていました。
曲輪は北端の曲輪1から南に向かって曲輪2、曲輪3と並び、南から東側面を覆うように曲輪4、北から西を覆う曲輪5があります。
曲輪の高低差はあまりなく、横堀の幅も狭く浅いです。
虎口は5つ確認できました。登城口側から虎口5、小さな外枡形の虎口4、曲輪1の東側にある虎口3、馬出の曲輪IIIと木橋で繋がった虎口2、曲輪1の虎口の虎口1です。
撮った写真の8割はピンボケ写真でした。かろうじて投稿できる写真を投稿します。
藪蚊が多く、夏の攻城は防虫ネットと手袋は必須です。
攻城時間は25分くらいでした。次の攻城先=森寺城に向かいます。
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