202206遠征(対馬&五島&北部九州)7日目(最終日):日隈城
(2022/06/11 訪問)
朝早く起きて、ホテルの朝食前に散歩がてら日隈城を攻城しました。
宿泊先のホテルから徒歩15分ちょとで、亀山公園入口(33.315489、130.928105)に着き、日隈神社への階段に向かいます。
1594年(文禄3年)宮城豊盛(宮木長次郎)によって築かれたと云われています。
豊後の大友義統が改易となった後、豊臣秀吉の蔵入地となった豊後の日田郡と玖珠郡の管理を宮城豊盛が支配し、5,000石を賜り、築いたのが日隈城です。
1596年(慶長元年)毛利高政が20,000石の所領を賜って日隈城に入り、五重の天守を備えるなど城を改修しました。
関ヶ原合戦後、毛利高政は20,000石で佐伯に移りますが、引き続き蔵入地の管理を任され毛利隼人佐が代官として在地しました。
1639年(寛永16年)天領となった日田地区の代官所は月隈城へと移り廃城となりました。
日隈城は比高30m程の日隈山に築かれた、天然の三隈川を堀とした城で、山頂の主郭には日隈神社が鎮座しています。
かつては五重の天守があったと云われる日隈城ですが、現状では公園となっています。
遺構として確認できるのは大手枡形虎口の石垣くらいでしょうか。
攻城時間は25分くらいでした。次の攻城先=久留島陣屋(城びと未登録 大分県玖珠町)を目指す前に、一旦ホテルに帰り朝食を取ります。
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