みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

カズサン

【最上稲荷と吉備津神社】岡山県岡山市 吉備路廻り (2011/07/16 訪問)

 10年前の平成23年7月中旬、鬼ノ城、雪舟寺宝福寺を終えて、前日備中高松城資料館を見学して無かったので寄り見学、資料を頂いた後、混んでましたが駐車出来ましたのでガイドマップで目星を付けていた「手打ちうどん・よこた」で昼食し表記寺社に参拝。

 ・最上稲荷は三大稲荷の一つ、他は京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷。
  山門がインド風の建造物、高台に在り見晴らしも良い

 ・吉備津神社は吉備津彦命を祀る岡山県最古の神社。
  比翼入母屋造りの本殿、拝殿は国宝、回廊が約400mも有り神秘的な雰囲気。
  鳴釜の神事、桃太郎のモデル吉備津彦としても有名です。

 ・吉備路には今回寄りませんでしたが吉備の国を代表する古墳「造山古墳、作山古墳、こうもり塚古墳」が有名で、造山古墳は仁徳、応神、履中天皇陵に次ぐ全国4番目の前方後円墳です。

 ゆっくりと吉備路を廻りまほろばの古を体感するのも心の健康をつつがなく保っていく一つと成る事でしょう❣

 この後は還暦同窓会を済ませて3年後の中学同窓会(同級会)を明日17日(日)に控えて岡山道、中国道、鳥取道経由して故郷鳥取へ帰郷です、相前後しての城廻りも大切な時間です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

【備中・宝福寺】岡山県総社市 雪舟寺として有名 (2011/07/16 訪問)

 10年前の平成23年7月中旬、古代山城鬼ノ城を汗かき大満足で終えて下城して、直ぐ西の画聖雪舟が修行した寺として有名な宝福寺を参拝探訪しました。
 真夏の日中でしたが木々に覆われて凛として涼しさを感じました、車は宝福寺参拝者駐車場を利用。

 裏手の駐車場利用でしたので参拝ルートは、旧国宝三重塔、仏殿、天井の龍の画は水飲み龍、方丈、方丈前に雪舟修行時代に柱に縛らり付けられ涙を足で描いたネズミの逸話は有名で小僧さん姿の雪舟石像が設置、雪中碑、説明文で理解しましたが表面の文字、画は良く観えません、参拝途中の白い睡蓮はホッとします。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

2021年マイベスト5城!

まっぴーさんに乗っかって、今年もやります2021年マイベスト5城!

今年もコロナ禍で城めぐりしづらい状況ではあったものの、とりあえず私の住む県では緊急事態宣言もまん延防止重点措置も出されることはなかったので、宣言等が発令中の地域の城には行かない(仕事のついでは可)ことを条件に、のべ73城に登城しましたが、その中で私の印象に強く残った5城は…

第5位 下坂氏館(滋賀県)

戦国期の城館の姿がほぼそのままに遺っており、今後、他の城館跡で往時の姿を想像する際にイメージの元になってくれそうです。ガイドさんたちも親切に丁寧に案内して下さり、地元に大切にされていることを実感しました。

第4位 大和郡山城(奈良県)

再建された極楽橋ももちろんですが、そのままではいずれ消滅してしまう外堀を、治水整備や公園整備、道路整備に活用しつつ後世に存在を伝えていこうとする取り組みに感銘を受けました。

第3位 彦根城(滋賀県)

城内はもとより城下にも見どころ満載で、足軽組屋敷の辻番所は大変見応えありました。3年続けての登城ながら、一日かけてとことんめぐってみてますます好きになりました。国宝天守に庭園に博物館に城下町にひこにゃんにグルメに……最高ですよね。

第2位 新宮支城・望月城(滋賀県)

どうしても一方だけを選べなかったので、2城まとめて。いずれも非常識なまでの高さと分厚さの土塁で四方を囲んだ城館で、ぜひ現地でこの圧倒的なスケールを体感していただきたく。こんなもの凄い土の城が徒歩圏内にいくつもある甲賀は楽しかったです。

第1位 小谷城(滋賀県)

一日ではめぐり切れずに二日(一日半)を要しましたが、寄り道した先々で思いがけない石垣に遭遇したり、寄り道しがいのある素晴らしい城でした。石垣に土塁に堀切に竪堀に眺望と、山城の見どころを全て詰め込んで、紅葉も綺麗だった小谷城が今年のマイベストです!

…その他、安土城や安宅氏城館群なども印象的でしたが、5城(6城ですが)となるとこんなところで。今年も遠征はできていませんし、近隣でも京阪神三府県は宣言等が出ている期間が長かったので、自ずと滋賀県中心の城めぐりになりましたが、計23城をめぐってもまだまだ行きたい城が山ほどある滋賀県はすごいなぁ、と改めて。

では皆さま、来年こそは、今度こそは心置きなく城めぐりできる一年になることを祈念しつつ、よいお年を!
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

痛恨の一撃 (2021/11/13 訪問)

岡太神社がその故地。小松内府・平重盛ゆかりの城と云うことで供養塔があります。大河ドラマ「平清盛」では、その後の朝ドラでブレイクした窪田正孝さんが演じていました。最終回の視聴イベントは良き思い出です。視聴率は低かったけど個人的には真田丸と同じくらいに楽しめた大河ドラマでした。

そしてここでもやらかしてしまいました。城址碑ノーチェックです。

+ 続きを読む

やま

優美な平城③ (2021/12/27 訪問)

大和郡山城は何度か訪れていましたが、再建された極楽橋は見学したことが無かったこともあり、出張の帰りにちょっと寄り道。今回は裏手側から、竹林門前を通過し堀沿いに大手門へ。大手門、大手向櫓、大手東隅櫓を見物したあと毘沙門曲輪を抜けて極楽橋へ。青空のもと復元された極楽橋は美しかったです。極楽橋を渡り、白沢門跡~天守台を見学しましたが、平日であったこともあり、人がいなかったので写真撮影に熱が入りました。古都奈良の大和郡山城はいつきても独特のオーラがあり、気持ちが落ち着きます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

刑部

主郭部は神社 (2021/12/19 訪問)

茨城県の最東北にある車城址、田園の中にある小高い山に築かれてます。車城址の案内板を辿ると入口に着きます、路肩の広い所に車を止めて登城しましたが頂上の神社まで車で行けそうでした。軽自動車四駆なら何とか大丈夫だと思います。神社を補修してるので軽トラが上がってる様子でした。ちなみに歩くと10分程で神社です。途中井戸跡の表示あり他特に目立った遺構は見つかりません。

+ 続きを読む

まーく

加賀攻城編 ④波佐谷城 (2021/12/25 訪問)

一向一揆勢が居城したと伝わる山城
天正8年、織田方の武将柴田勝家に敗北した
宇津呂丹波・藤六の親子が城主と伝わる

駐車場はなく、公民館前に駐車させていただきました

御城印は那谷寺前の那谷食堂花山亭にて販売
こちらでは大聖寺城、松山城、小松城、岩倉城、
御幸塚城の御城印が購入可能です

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

まーく

加賀攻城編 ③蓮台寺城 (2021/12/25 訪問)

公には認定されていない城址のようです

大正時代になって氷室として利用されたであろう穴倉が
ありますが、遺構はほとんど残っていません
竹林の中の登城は気持ちよかったです

道の駅こまつ木場潟の向かいにJAがあり、その左手の塀沿いに
進んで、バイパスのガードをくぐると駐車できるスペースあり
ただし大型車は無理かもしれません

御城印は鳥越一向一揆歴史館にて販売
こちらでは和田山城、虚空蔵山城、高尾城の
御城印も購入可能です

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

まーく

加賀攻城編 ②御幸塚城 (2021/12/25 訪問)

別名『今江城』と呼ばれた城址だが
現在は今江小学校グラウンド脇に石碑が残るのみで
遺構は残っていません

一段下に公園があり、そこに車2〜3台駐車できる
スペースがあります

御城印は那谷寺前の那谷食堂花山亭にて販売
こちらでは大聖寺城、松山城、小松城、岩倉城、
波佐谷城の御城印も購入可能です

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ふゆづき

混迷する最後の城 (2021/12/19 訪問)

武田家最後の城となった新府城に10年振りに訪問しました。
これまでの訪問は、車で行っていたのですが、今回は青春18切符が使える時期を待って電車で訪問してみました。
最寄りの駅は「新府駅」ですが、無人駅ですので、地図を見ながら方向を確認した方が良いでしょう。
駅を出て(下りのホーム側)、新府城の方角案内に沿って10数分桃畑の中を歩くと、小高い丘が見えてきて、新府城に到着します。
駅かた来た場合、大手門方面や本丸に向けた階段でアクセスしがちですが、今回は出構を右手に見ながら搦手門から登城することとしました。
搦手門から虎口をとおり、帯曲輪に向かうと、城内から東西の出構を確認しつつ、大手門方面に出ることができます(西出構には解説板もついています)。
最初にこの城に来たときから、この出構について疑問があります。これまで読んだ解説では、この出構は横矢掛のために作られたとありますが、この構では塀を巡らした上で兵を配置するほどの十分な幅がなく、一寸中途半端な存在でしかないと思っていたのですが、どうなんですかね。
二の丸、本丸と城内を進んでいくと、二の丸に馬出(図面を見ても現地を見ても丸馬出とは思えませんが)を確認することができます。
本丸の面積は広く、搦手方面には八ヶ岳を望み、大手門方面には樹木の伐採が十分になされているのであれば、富士山を望むことができたのだと思います。
本丸から食い違い小口、三の丸を経て大手門枡形と三日月堀に囲まれた丸馬出に向かいます。
東西に別れた三の丸は、樹木が生い茂り東西の区分が困難ですが、大手門枡形と丸馬出は状態良く復元されています。
この枡形の間からは富士山を望むことができ、また甲州街道に向かった大手門からは、kの城を中核として領国支配を考えた末期の武田氏の考えが良く理解できるように思います。
この城についてのもう一つの疑問は、何人くらいの城兵を入れるつもりだったのかという点です。
確かに武田氏の城とsては、大きな方ですが、末期とはいえ100万石以上の領国を有していた大名の主城としてはいささか小規模であるように思います。
城域の拡張計画はあったのだとは思いますが、現存する城郭の範囲とすると、大凡3000~4000人位の守備隊がいれば十分であり、小田原城のような規模ではありません。
そのように考えると、未完成(半造作)という点は差し引いても、その規模といい、出構といい、いささか中途半端な主城ではないかと思わされる再訪でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

まーく

加賀攻城編 ①小松城 (2021/12/25 訪問)

一向一揆勢が築いた城砦
一国一城令で一旦廃城となるが、寛永16年
加賀藩3代藩主前田利常の隠居城として
例外的に幕府から認められ復活

駐車場はありません
小松高校のグラウンド端に天守台が残っています
切込ハギの石垣が美しい

御城印は那谷寺前の那谷食堂火山亭で販売
こちらでは他に御幸塚城、岩倉城、波佐谷城、
大聖寺城、松山城の御城印も購入可能です

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

大社小学校の一角 (2021/11/13 訪問)

この近辺は駐車スペース見いだすことが全くできません。大社小学校の一角にある城址碑と説明板の写真を自動車に乗ったまま撮影するというのも一つの手かもしれません。

+ 続きを読む

いんげん丸虫

上入野城 茨城県城里町 (2021/12/05 訪問)

小松寺の背後の山頂に横堀が巡った広い主郭に曲輪、すぐ裏手の尾根にも堀切、土塁が
あります。
山頂の遺構は壮大でちょっとしたハイキングコースのようになっていて明確です。
南、東の堀切や段曲輪も良いのですが、残念ながら藪でもったいない状態ですね。
小松寺に駐車可能で10分位の登りで着きます。横堀が見どころで、お薦めです。

+ 続きを読む

やま

古都の遺構 (2021/12/27 訪問)

稗田環濠は、大和の環濠の代表例として有名で、教科書などで見ていましたが、今回初めて見学に行ってきました。
周囲を歩くと環濠の形態がよくわかります。東西約260メートル、南北約260メートルの規模でなので回りを歩いても15分程度で一周できます。北東側は七曲りよばれる特異な形をしています。西側と南側は幅広くつくられています。
内部も探索しましたが、東西、南北に大きな道がとおり、そこから細い道がのびています。道はT字形に交差したり、袋小路になっていて、遠くが見通せないようになっており、防御に適した構造になっていました。集落の東南には売太神社があり、神社を中心として環濠が発達したのがわかります。環濠は改修され水が湛えてられており、濠の法面も整備されていました。家屋も切妻造りで草葺と瓦葺の屋根が組合わせてある白壁の大和棟が残っており、古都を感じる素晴らしい場所で癒しがありました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ミッピのパパ

夜と朝の和歌山城 (2021/12/04 訪問)

高野山を訪れた後、九度山で大阪城への「真田の抜け穴」を確認し、日が落ちるころに和歌山入り。
この日、紀伊水道を震源とするマグニチュード5.4の地震が発生するも、和歌山城はびくともしていない。

夜陰にまぎれ和歌山城内に潜り込み、闇夜の中、縄張りをを頭の中に刷り込み、夜が明けるのを待つ。

翌朝、開門後の天守を楽々と制覇し、紀州徳川の殿様も見たであろう、紀ノ川と紀伊水道の絶景を、
天守最上階より堪能する。

<高野山>
奥之院には、戦国武将から江戸時代の各藩、そして現代の有名企業の墓石(創業者・物故者)が
静寂の中に数多くあり、凛としている。
日本の歴史を造った人たちが一堂に集まって、戦いに明け暮れたあとの平和を語り合っているように
思えた。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

やなぎぶそん

記念御城印を求めて (2021/12/26 訪問)

抽選販売の記念御城印に当選したので、御城印を頂きに伺いました。倍率は3倍ほどとのことで、かなり多くの応募があったようです。その後、飯盛城に登城しました。飯盛城は、とても大きな山城で、石垣が多数点在しており、他にも堀切、土橋、竪堀、土塁と見所満載の素晴らしい山城でした。

+ 続きを読む

todo94

阪神でなく阪急です (2021/11/13 訪問)

関西に詳しくないためカーナビを阪神御影駅にセットしてしまいました。阪急御影駅は遥か北方に位置していました。無駄に駐車料金を投資してしまいました。石の説明板の城名は御影城になっています。

+ 続きを読む

にのまる

36見附めぐり⑬~数寄屋橋御門~

銀座の一隅、数寄屋橋公園に、関東大震災後に完成した石橋の遺材を用いた「数寄屋橋の碑」が建てられています。
数寄屋橋門内には“大岡越前”も執務していた南町奉行所が宝永4年(1707年)から幕末まであったのだそうです。有楽町駅前に石垣が復元展示されていますが、完全にベンチと化していて、いろいろまわった中で一番写真が撮りにくかったです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

koyuki

発掘調査案内所は火曜定休なので注意! (2021/12/14 訪問)

山上の一ノ門跡や山麓の信長公居館など、発掘調査が進んでいるようでした。今後も成果が期待できそうです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

古代山城・番外編 (2011/07/16 訪問)

 10年前の平成23年7月中旬、古代山城鬼ノ城を初登城し汗だくの処、鬼城山ビジターセンターでホッとし汗を拭いセンターの展示を閲覧し資料を頂く、写真撮影して投稿して無かった案内板、解説板等の写真を投稿させて頂きます。
 行けなかった屛風折れ石垣のビジターセンター展示写真を投稿、投稿写真を見直し残った中で西門から南方向へ延びた版築土塁城塁の壮大さを是非投稿したく1枚入れました。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ925