続日本100名城

しんぷじょう

新府城

山梨県韮崎市


旧国名 : 甲斐

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新府城
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トク

108【関ケ原の26人】(26)井伊直政 (直政と天正壬午の乱(1/3)ー新府城) (2024/03/18 訪問)

(26人目)井伊直政の続き⑩です。
天正壬午の乱の時、家康が陣を敷いていたとされる「新府城」を訪れました。JR新府駅から15分程歩き、そこから最後に心臓破りの階段を登ると本丸の藤武神社です(写真①)。

いや~感動です! 南側三の丸にあるの桝形虎口と丸馬出の向こうには、雪をかぶった富士山がきれいに見えました(写真②③:訪れたのは3月です)。新府城から富士山がこんなによく見えるとは思ってもみませんでした。そして本丸から西側には、同じく雪をかぶった南アルプスの山々が迫ってきれいに見えました(写真④)。このような雪をかぶった雄大な山々が連なる姿は、私の住む九州では絶対に見られない光景です。この日は雲ひとつない晴天で、しかも月曜の午前中という事もあり、2時間滞在しましたが、滞在中またもや誰にも会わず、この広い新府城と感動の絶景を一人占めー! 大満足の登城でした~!😊

では少し冷静になり本題に入ります。
ここでまず築城した武田勝頼の事を考えてみました。

勝頼は、北西側には2つの出構を構築してそこに鉄砲陣地を設けていたという事は、北西から攻めて来るであろう織田軍を想定していたと思われます(写真⑧の手前下に出構がある)。さらに南東側には巨大な丸馬出と三日月堀を構築していました。これは南東から攻めて来るであろう徳川軍を想定していたと思われます(写真⑤⑥)。もう少し築城に時間があれば、たった68日で落ちる事もなかったでしょうね。勝頼のくやしさが、この本丸にある勝頼公慰霊の社(写真⑦)から伝わってくる気がしました。

次は徳川家康の事を考えてみました。
家康と北条氏との関わりは二度ありました。

一度目はこの「天正壬午の乱」です。信長亡き後、空白地帯となった甲斐・信濃の争奪戦です。伊賀越えから一か月後、休む間もなく出陣した家康はここ新府城に陣を敷き、北西にある「若神子城」に陣を敷く北条氏直と対峙します。この時北条軍は2万とも4万とも、徳川軍はわずか数千、完全にに不利な状況です。

私は本丸に立ち北西側を眺め考えてみました(写真⑧)。右の山と山の切れ目あたりに北条軍が陣を敷いていた若神子城があります。家康と直政は同じようにここから北条軍を眺め、この不利な状況をどうやって覆せばいいのか? 悩みながらもいろいろと起死回生の策を巡らせていたのではないでしょうか?

しかし待てよ・・・ここでふと疑問が?🤔
家康はこの新府城のいったいどこに陣を敷いていたのでしょうか? その当時は勝頼が火を放ってからまだわずか数ヵ月なので、あたりは一面焼け野原だったはずです。なのにどうやって80日もここに滞在する事ができたのでしょうか? まさかこの寒くて焦げ臭い場所に80日も野宿できるはずがありません。どうやらここには見張りの兵のみを置き、南東側にある有力者の屋敷や寺社に滞在していたようです。

さらに北条軍はこの膠着状態を打開するため、背後の小田原から1万の増援部隊を出します。それに対峙できるのは甲府にいた鳥居元忠の1500の兵のみ(黒駒の戦い)。挟み撃ちにあった家康は、もはや絶体絶命の大ピンチ! しかしここから、どうやって北条軍を破り、直政はどのようにしてその勝利に貢献したのでしょうか? そのヒントが、直政が滞在していたのではないかとされている「平塩寺」にありそうなので、次はここから平塩寺に向かおうと思います。


【注意】新府駅から徒歩で登城する方へ
新府駅から新府城まで、何と飲料水の自販機は1台もありません!(当然お店などもありません)。飲み物などは電車に乗る前に買って乗って行った方がいいです。私は知らずに喉の渇きに耐える羽目になってしまいました。また新府駅は無人駅ですが交通系ICは使えます(タッチ機あり)。最後に電車を待っている間に、駅前の菜の花畑から撮影した富士山も添えさせていただきます(写真⑨⑩)。
 

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刑部

新しい府中 (2024/02/23 訪問)

勝頼が入城からわずか68日という短さで自ら火を放つこととなった悲運の城。今回は近年発掘整備された大手口の丸馬出しを見に来ました。

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HARU

新府城 (2017/04/08 訪問)

武田勝頼が北条、徳川、織田らの圧力に対抗し、新たな本拠地として築城した「新府城」、最後は織田軍侵攻を受け自ら城に火を放ちました。武田流の築城術の粋がみられます。

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詠狸庵

新府城と甲州の温泉+グルメ (2023/11/05 訪問)

松本でお城と飲み食いを堪能した後は、甲州市の温泉宿で二日をのんびり過ごしてから電車で甲府まで戻り、レンタカーで韮崎市の新府城を探訪です。

⚪︎新府城
新府城は武田一族最後の城として知られます。八ヶ岳の岩滓流「七里岩」の上にあり、武田勝頼により天正9年から築城開始、甲州流築城術の粋を集めて造られました。年末には躑躅ヶ崎館から移住。しかし完成を前に織田軍が進撃、自ら火を放って城を廃し、岩殿城へ移る途中天目山で武田家は滅亡。未完の城でした。
今となっては本丸以外なかなか全容をつかめませんが、一族滅亡の悲哀がひしひしと感じられます。お城はどこでもそうですが心霊話に事欠かず、この新府城も何かと噂があるようですが、武田家の無念に思いを馳せればむべなるかなとも思います。

⚪︎宿泊・甲州市塩山(えんざん)
松本から特急あずさ号と各駅停車で甲州市の塩山駅まで80分ほど。新宿からは特急かいじ号で90分程度。この地域はお気に入りで年に数回訪れ、色々な温泉に泊まります。大合併前は塩山市でした。小さな町で、観光客や地元客で賑わう松本とは異なり駅前でも本当に人が少ない。しかしその分静かでのんびりとした雰囲気が漂っています。また歴史を感じさせる町で近辺には多くの史跡、名所があります。
駅の近くにはこの地方独特の甲州切妻造りの庄屋屋敷である豪壮な旧高野家住宅(甘草屋敷)や、中世の居館於曽屋敷跡があり、また歴史ある寺社もいくつかあります。和歌に詠まれた塩の山、差出の磯もあり、江戸時代には甲府から大菩薩峠を越えて新宿までを結ぶ青梅街道の宿場町でもありました。少し足を伸ばせは勝沼から山梨市まで国宝の寺院が二つ、重文の神社が一つあります。また一帯は果樹園が広がり、春には一面桃の花で彩られ、まさに桃源郷の粧いとなります。城郭関係では於曽屋敷跡、連方屋敷跡、勝沼氏館跡等が近く、それほど遠くない範囲には岩殿城、躑躅ヶ崎館、甲府城、新府城、能見城等があります。

・宿 笛吹川温泉「坐忘」
お気に入りの地甲州市塩山で、今回は笛吹川温泉「坐忘」に宿泊。
ここは温泉街ではなく一軒宿で、ワイナリー「まるき葡萄酒」が直営する旅館です。かなり高級な宿でお値段もそれなりですが、本当にのんびりでき食事も非常に良いので年二回ほど利用しています。できれば二連泊がおすすめ。笛吹川の河畔に佇み静かな宿です。
食事は茶懐石に準じた形で地元の素材を中心に季節に合わせて次々と供され、夕食で一時間半、朝食でも45分はかかるので急ぎの旅には向きません。質、量ともに十分なので食の細い人、女性では完食できないこともあるようです。もちろん温泉宿なので堅苦しい作法はありませんし、浴衣で食事できます。ワイナリーだけに食事によく合う各種のワインや地酒などを取り揃えていて、また茶懐石なので抹茶も提供され、満足感は非常に高いです。食に関して非常にうるさい知人もここでの食事には相当の高評価です。その分、外での昼食は軽くしておく必要があります。
とにかく食事の品数が多くていちいち書き出すと長くなってしまうので、まとめた画像をご覧ください。

本館二階の八十畳ほどもある広いラウンジは庭に面していて0時まで開放され、ソファでくつろぎながら経営するワイナリー「まるき」の各種ワインやソフトドリンクを自由に頂くことができます。書籍も色々置かれていて、ここでのんびりするのも楽しみの一つです。

オプションとして火曜日に「まるき」のワイナリー見学ツアーもあり、無料で参加できます。また織田信長の焼き討ちに遭い「心頭滅却すれば・・・」の偈で有名な名刹、恵林寺までは歩いて十五分ほど、もう少し先には向嶽寺もあり、春には桃の花を楽しみながら散策するのも良いものです。
チェックインは14時から、チェックアウトは本館が11時、離れの別亭は12時までなのでゆったりできます。

肝心の温泉は源泉43度の掛け流し、この地域に多いアルカリ泉で嵯峨塩や塩山に比べるとアルカリ度は若干低いですが良質です。宿の収容人数が多くないので芋洗い状態になることはなく、湯量が多いのでいつもきれいです。浴場はかなり広く露天風呂も併設、サウナもあります。ただし0時から5時までは利用できません。アメニティも充実しています。内風呂のある部屋も多くこちらは24時間使えます。


⚪︎それ以外の温泉
・近隣の温泉宿
このほかよく利用するのは塩山温泉、嵯峨塩鉱泉、岩下温泉など、
塩山温泉は数軒ありリーズナブル。大菩薩嶺登山客がよく利用します。湯の質はとても良いです。嵯峨塩鉱泉は武田家終焉の地甲斐大和駅から日川渓谷を遡った雰囲気ある一軒宿で、湯量は少ないが高アルカリ泉。食事が美味しい。

・日帰り温泉
はやぶさ温泉、ほったらかし温泉、ぶどうの丘温泉天空の湯、花かげの湯などがあります。ほったらかし温泉は広い露天風呂からの眺望が素晴らしいのでよく知られています。天空の湯は併設のワインカーヴでの試飲、また多種類の甲州ワインを購入できます。



今回の昼食は次の通り

⚪︎「完熟屋」(甲州市塩山駅南)
ほうとう(豚)

ここのほうとうは手抜きがなくカボチャをはじめ野菜がたっぷりで美味しく、よく利用しています。暑い時期は冷たい「おざら」もよし。

⚪︎和菓子「三省堂」
どら焼き
塩山の和菓子店。とても美味しく塩山に来た際にはほぼ必ずここの和菓子を買います。


⚪︎「韮崎むぎとろ」(韮崎市若宮)
牛タンむぎとろ膳

完全予約制の店。むぎとろメインというより牛タンがメイン。焼き加減が素晴らしくむぎとろによく合います。サラダにまで牛タンが入りなんとも贅沢。ご飯は麦少なめ、お櫃で来ます。牛タン、とろろは量が選べます。牛タン以外のメニューもいくつかあります。

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城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 天正10年(1582)
築城者 武田勝頼
主要城主 武田氏、徳川氏
文化財史跡区分 国史跡(新府城跡)
近年の主な復元・整備 徳川家康
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
住所 山梨県韮崎市中田町中条字城山他
問い合わせ先 韮崎市教育委員会教育課文化財担当 
問い合わせ先電話番号 0551-22-1111