日本100名城

おおのじょう

大野城

福岡県大野城市


旧国名 : 筑前

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大野城
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トク

【太宰府防衛の古代山城を歩く-②】大野城(1/3)太宰府政庁から焼米ヶ原まで (2026/10/28 訪問)

太宰府防衛の古代山城を歩く、2城目は100名城の大野城です。大野城は2回目なので、じっくりと2日間かけて探訪してきました。というのはウソで実は予想外に広かったので計画を誤り、1日で回りきれず2日かかってしまいました(笑)。

水城を訪れた後、再びバスで都府楼駅に戻り、ここから徒歩で太宰府政庁からいつものルートで標高281mの岩屋城に2時間かけて登りました(ルートは前回の岩屋城の投稿を参照下さい)。そして岩屋城の本丸(ああ壮烈碑)から、車道ではなく九州自然遊歩道を歩きました(写真①②)。とてもよく整備されている遊歩道で、さわやかな秋風と森林浴はとても気持ちよかったです。何人かのハイカーの方とすれ違いました。山での挨拶は気持ちいいですね(こんにちは~)。

そして岩屋城から30分程で、最初の見所「増長天礎石群跡」に着きました。ここには4棟の建物があったそうです(写真③)。大野城には全部で7つの礎石群跡があるそうですが、その中でもここ増長天は一番よく整備保存されています。食料の備蓄の倉庫や兵舎があったのでしょう。またその横には「鏡ヶ池」がありました(写真④)。どんなに日照りが続いても枯れた事がない池だそうです(不思議だ🤔)。

さらに増長天礎石群跡から5分程歩き道路を横切ると、10台程のスペースの駐車場が見えてきます(トイレ有)。その向こうには広大な「焼米ヶ原」が広がっています。土塁の曲線が美しいです(写真⑤⑥)。またここからは、眼下には太宰府天満宮、遠くは宝満山から朝倉街道が見渡せ、とても気持ちがいい絶景でした(写真⑦)。そしてこの景色を眺めながら休憩、恒例のおにぎりタイムにします😊!

ここで注目ポイント! その駐車場から下る細い道があります。標識も何もないので大部分の方は気づかず素通りしますが、この道を絶対見落とさないで下さい。そこから3分程下ると「太宰府口城門跡」があります。大野城の城門は全部で9つあったようですが、太宰府口はこの中で最も大きい城門で、長さ9m幅9mの櫓門があったそうです。またその脇には「水ノ手石垣(水門)」があり、とても見応えがありました(写真⑧⑨⑩)。

しかし、ここから先へとまだ進みたかったのですが、ふと気がつくと時はもうすでに15時(計画を誤った~😩)。まだ半分も回ってませんが、そろそろ下山しないと日没までに麓に着かないので、続きは後日リベンジする事とし、来た道をまた引き返しました。1日目の私のゆっくりペースで回った時間のまとめです。御参考まで。

次はリベンジの2日目、大野城(2/3)に続きます。

●1日目のルートと時間(見学時間含む)
都府楼駅⇔水城跡東門前(バス+見学:1.5時間)
都府楼駅→岩屋城(歩:2時間)
岩屋城→焼米ヶ原(歩+見学:1時間)
太宰府口城門跡(昼食+見学:1時間)
焼米ヶ原→都府楼駅(歩:2時間)
●計6時間のハイキング
 

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20180825大野城(福岡県糟屋郡宇美町他) (2018/08/25 訪問)

太宰府口城門や水ノ手口石垣を確認した後、山道をかなり下って大石垣まで足を延ばす

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20170712大野城(福岡県糟屋郡宇美町他) (2017/07/12 訪問)

あまり時間がなく、焼米ヶ原駐車場付近の土塁のみ散策

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20170604大野城(福岡県糟屋郡宇美町他) (2017/06/04 訪問)

時間があまりなく、百間石垣のみ訪問

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概要

大和朝廷が新羅・唐連合軍の襲来から大宰府を防衛するため、標高410mの四王子山(大野山)に築いた山城。亡命百済人の指導によって朝鮮半島の築城技法が用いられた。尾根に沿って築かれた土塁の内側には、今も建物礎石群が見られる。谷の部分には石塁を巡らせ、長さ百間(180m)とされた「百間石垣」の跡も見られる。

城郭情報

城地種類 神籠石式山城
築城年代 天智天皇4年(665)
築城者 天智天皇
主要城主 防人司
文化財史跡区分 国特別史跡(大野城跡)
天守の現況・形態 なし
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 石垣、土塁、門跡、礎石群
住所 福岡県大野城市/太宰府市/糟屋郡宇美町
問い合わせ先 大野城市教育委員会
問い合わせ先電話番号 092-501-2211