日本100名城

おおのじょう

大野城

福岡県大野城市


旧国名 : 筑前

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大野城
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ぴーかる

大野城 (2022/01/08 訪問)

【百名城59城目】
<駐車場他>各所無料あり。
<交通手段>車

<見所>門跡・石塁・土塁・礎石建物群
<感想>1泊2日国土防衛筑前国の旅3城目。1日目のメイン、太宰府天満宮付近の渋滞により到着時間が計画より遅れての訪城となってしまった。巡順番は焼米ヶ原駐車場に駐車し→増長天礎石群→坂本口城門跡→水城口城門跡→けいさしの井戸→大石垣→大宰府口城門跡→尾花礎石群→移動し県民の森センターにてスタンプ押印→八ッ波礎石群→また移動して野外音楽堂の道路脇に駐車し徒歩にて→クロガネ岩城門跡→百間石垣(宇美口城門跡)→北石垣城門跡→小石垣城門跡→主城原礎石群→帰り道に船石を見て終了。百間石垣~北石垣までのルートは急斜面で険しいのでストック要です。やはり午後からの攻城では城門跡2つと礎石群をいくつか攻め落とせず終いとなり、しかし最後の主城原礎石群は城の主要部は必ず見るという信念のもと、山道を必死ダッシュに駆け登って到着は17:00となったがなんとか日が残り見ることができた。古代朝鮮式山城の圧倒的なスケールのでかさと沢山の遺構、堪能しました。まだまだ埋もれた遺構がありそう。

<満足度>★★★★★

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やなぎぶそん

古代の城 (2021/05/04 訪問)

典型的な古代の城で、とても広大なお城です。一通り見ようと思いましたが、思いのほか広くタイムアップで全て周れませんでした。また次回チャレンジしたいと思います。

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昌官忠

クラブツーリズム九州7県日本の名城13制覇の4日間② (2018/10/20 訪問)

クラブツーリズム九州7県日本の名城13制覇の4日間の2城目は大野城です。
100名城スタンプは「福岡県立四王寺県民の森管理事務所」で押しました。

以下、四王寺山史跡マップからの抜粋
◆大野城とは
大野城は天智天皇4(665)年に築城された朝鮮式山城のひとつで、「大野城跡」として国の特別史跡に指定されています。
7世紀の激動する東アジアの情勢の中、663年、唐・新羅連合軍に白村江で大敗を喫した日本は北部九州を中心とした防衛体制を固める為、664年に水城を、良く665年に大野城と基肄城を築造しました。これらの古代山城は、百済の亡命貴族の指揮のもと、朝鮮半島の技術が活かされていることから朝鮮式山城と呼ばれています。

◆土塁・石垣
大野城には尾根に沿って版築土塁が築かれており、総延長は約8Kmにおよび、南北はそれぞれ二重になっています。
また、谷部は石垣を築いて塞ぐ構造になっています。水ノ手石垣・大石垣・屯水石垣・百聞石垣・北石垣・小石垣などが確認されており、なかでも最大規模の百聞石垣は長さが百間(約180m)あり、壮観な眺めを見ることができます。

攻城時間は70分くらいでした。

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火ノ島豊後守正宗

大野城 (2018/04/29 訪問)

正百名城8城目。
古代の大和朝廷が唐・新羅軍からの襲撃に備えて築かれた山城です。
山を車で登って「県民の森」というところを通過します。
その後、さらに車で上に登って大野城跡に到着しました。
徒歩ではかなり苦労するでしょう。

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概要

大和朝廷が新羅・唐連合軍の襲来から大宰府を防衛するため、標高410mの四王子山(大野山)に築いた山城。亡命百済人の指導によって朝鮮半島の築城技法が用いられた。尾根に沿って築かれた土塁の内側には、今も建物礎石群が見られる。谷の部分には石塁を巡らせ、長さ百間(180m)とされた「百間石垣」の跡も見られる。

城郭情報

城地種類 神籠石式山城
築城年代 天智天皇4年(665)
築城者 天智天皇
主要城主 防人司
文化財史跡区分 国特別史跡(大野城跡)
天守の現況・形態 なし
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 石垣、土塁、門跡、礎石群
住所 福岡県大野城市/太宰府市/糟屋郡宇美町
問い合わせ先 大野城市教育委員会
問い合わせ先電話番号 092-501-2211