日本100名城

おおのじょう

大野城

福岡県糟屋群宇美町、太宰府市、大野城市

別名 : -

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大野城
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todo94

3度目の日本100名城スタンプラリー95城目 (2019/01/13 訪問)

太宰府側から車でアクセスするための林道は豪雨による土砂崩落のため、まだ通行止めが続いていますが、宇美町側からは普通にアクセスすることが出来ます。3度目のスタンプも結局、四王寺県民の森管理センターにて捺すことになりました。小雨が降ったりやんだりする生憎の天気でしたが、有名な百間石垣だけでなく、大石垣、北石垣、小石垣と、とことん大野城を見て回ったのでとても充実感がありました。

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にのまる

下見だけです。 (2018/12/31 訪問)

久留米城から水城に向かう途中で太宰府駅前の観光案内所に寄り、大野城への徒歩ルートを伺ったところ、大宰府政庁跡裏から市民の森を抜けて行けると教えていただきました。(林道はまだ通行止め解除されておらず。)
市民の森を抜けるのに1時間、そこから大野城まで30分程度だそうです。
途中、岩屋城も通るみたいなので、いつか(!)このルートで行くことにして、政庁跡で市民の森の入り口だけ確認しました。

…ということで、大野城は麓から眺めただけで行っていませんが、観光案内所でつい100名城スタンプを押してしまったうえ、こちらのサイトで「✔︎行った」ポチまでしてしまったことを白状します(^_^;)

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todo94

2度目の日本100名城スタンプラリー (2009/04/12 訪問)

有名な百間石垣の少し下に土塁の表示を発見。遊歩道を延々と歩いていく。途中で山を登り外郭土塁の上もかなり歩いてしまった。舗装路の終点に小石垣を発見。石に数字が書いてあり修復の途中といった様子だった。小石垣からは迷って外郭土塁に出てしまい引き返してきた所で北石垣への道を発見。かつての道は通れなくなっており新たにつけられた道はわかりにくくかなりの急勾配であった。北石垣はほぼ、修復が完了している様子。周辺もそれなりに整備されているが、石垣を眺めるスポットは限られている。

北石垣から百間石垣へは今度は急坂を下っていく。百間石垣と同じ高さの目線で写真を撮ることができたのは収獲だった。県民の森センターにて100名城のスタンプをゲット。続いて八ツ波礎石群、主城原礎石群へと足を伸ばしていく。主城原は木が大分切られていて眺望がきくようになっていた。

いよいよ満を持して大石垣へと向かう。コンクリートでつき固められた増長天礎石群を越え、馬責めにある目立たない大石垣への表示を一度は見落としつつも何とか大石垣にたどり着いた。ロープを伝って降りる急坂沿いの石垣は登り石垣の如く残っているが、谷をふさぐ石垣の部分は2003年の集中豪雨による土石流で壊滅的に破壊されたらしい。それを何とか綺麗に復元したその努力には頭が下がる。帰路は急坂登を避け沢沿いの遊歩道を上っていったが、外郭土塁に達した所は通行止めとしてふさがれていた。

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百間石垣 (2010/10/28 訪問)

 白村江の戦いで大敗したために築いた古代山城です。

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概要

大和朝廷が新羅・唐連合軍の襲来から大宰府を防衛するため、標高410mの四王子山(大野山)に築いた山城。亡命百済人の指導によって朝鮮半島の築城技法が用いられた。尾根に沿って築かれた土塁の内側には、今も建物礎石群が見られる。谷の部分には石塁を巡らせ、長さ百間(180m)とされた「百間石垣」の跡も見られる。

城郭情報

城地種類 山城(朝鮮式)
築城年代 天智天皇4年(665)
築城者 大和朝廷
主要城主 -
文化財史跡区分 国指定特別史跡
近年の主な復元・整備 平成7年から百間石垣、猫坂地区、屯水地区、大石垣、尾花地区土塁、原地区土塁、太宰府口城門などを復元整備
天守の現況・形態 -
主な関連施設 宇美町立歴史民俗資料館、太宰府市文化ふれあい館・太宰府展示館、大野城市歴史資料展示室
主な遺構 土塁、石塁、城門跡、礎石群
住所 福岡県大野城市/太宰府市/糟屋郡宇美町
問い合わせ先 大野城市教育委員会
問い合わせ先電話番号 092-501-2211