(続き)
出張2日目の朝は4時半に起き、5時にホテルを出て外郭めぐり続行です。夏至の頃でもあり、5時には充分明るいのはありがたいですね。赤坂門より南の外堀は埋め立てられて外堀通りになっていますが、あちこちに見られる痕跡をたどってみるとしましょう。
赤坂門から南に徒歩8分の日枝神社は、太田道灌が川越山王社を勧請し、徳川家康が江戸城の鎮守として城内の紅葉山に祀ったもので、明暦の大火の後に現在地に遷座しています。時間が早過ぎて神門はまだ閉ざされていましたが、神門越しに道中の無事を祈願しました。
日枝神社から外堀通りを南東に進み、溜池山王駅を過ぎて首都高速の高架をくぐったところに溜池発祥の碑があります。溜池は汐留川をせき止めて築かれた外堀兼上水源で、現在は完全に埋め立てられていますが、にのまるさんの投稿にある通り、特許庁前交差点の北側(溜池が一番広くなっていたあたり)は大きく窪んでおり、溜池の痕跡が窺えます。
外堀通りをさらに東に進むと、虎の門三井ビルの前に溜池櫓台の石垣が現存しています。溜池櫓は外堀沿いに設けられた隅櫓のひとつで、小田原街道と溜池上水の防備を担ったと考えられます。溜池櫓台から外堀通りを渡ったアネックス(旧 国立教育会館)の前にも積み直された外堀石垣があり、この下に本来の石垣が埋もれているようです。虎ノ門駅11番出口には江戸城外堀跡地下展示室が設けられていて、水面からの高さに復元された外堀石垣と説明パネルが見られます。文科省旧庁舎中庭には庁舎整備に伴う発掘調査で発見された外堀石垣が保存されており、半地下状の階段を下りると石垣の反対側は一面に説明パネルが設けられていました。この一帯の外堀遺構は、充実した説明パネルで外堀の理解を深め、敷石で外堀のラインを示し、エスカレーター脇に外堀の水位を示して外堀の存在を体感してもらう、理想的な史跡保護のあり方だなぁ、とひたすら感心させられました。さすがは文科省のお膝元だけのことはありますね。
…と、虎ノ門近くの外堀石垣はよく遺っていますが、霞が関三丁目交差点付近にあった虎ノ門は桜田通りになってしまっていて痕跡もなく、虎ノ門交差点の北東部に虎ノ門記念碑が設けられているくらいです。虎ノ門っていうか……猫ノ門?(サイズ的に)。
さて、ここで外堀から少し外れて、日比谷公園を抜けて日比谷門に向かいます(続く)。
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