江戸時代は宇和島藩の藩庁となり、城跡は国の史跡に指定。中世期にあった丸串城の跡地に、藤堂高虎によって築城された近世城郭。標高73mの丘陵とその一体に、山頂の本丸を中心にそれを囲むように二の丸、北に藤兵衛丸、西に代右衛門丸を配置した平山城。東には海水を引き込んで、水堀、西半分が海に接しているので海城でもありました。
現在の天守は2代目の伊達宗利氏の独立式層塔型3重3階ですが、縄張りそのものに関しては築城の名手として知られる藤堂高虎が創建した複合式望楼型の三重天守の当時の形を活用され、建て替えられました。
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