くらがのじょう

倉賀野城

群馬県高崎市

別名 : 雁城
旧国名 : 上野

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南の崖、烏川沿いを見下ろす
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カズサン

烏川へ南向いた崖城 (2026/05/30 訪問)

 倉賀野城へ向かう途中に国宝埴輪を見たくて群馬県立歴史博物館へ立ち寄り、国宝埴輪に満足の大満腹、いよいよ群馬県埼玉県の国道17号線沿いの未踏の城廻り第一城として以前より気に成っていた倉賀野城へ、歴史博物館から西へ約1km、皆さんの投稿で駐車場は無く路駐の様なので、城名石碑の有る雁児童公園(東西に細長い公園です)の東側入り口から攻めて、住宅地の駐車場出口を避けて邪魔に成らない烏川北岸寄りに路駐。
 参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。

 邪魔に成らない様にと急ぎ足で探訪、写真撮影、倉賀野城趾石碑と説明石板が中央に、住宅と近い位置にある、西のやや中央に雁児童公園の入口北向き、右手に雁児童公園の名盤が入れ込まれている、左右に解説板、左手は「倉賀野城跡」説明看板、右手はやや古く「倉賀野城址」説明板。
 雁児童公園は倉賀野城の本丸にあたるのか?南側の烏川崖上に在る崖城と分かり、これでは後ろ堅固の難攻不落のしかも?余湖図コレクションの縄張俯瞰図を見ると、本丸を中心に外へ二の丸、三の丸、外郭と広がる悌郭式城郭と分かる、また先に群馬県立歴史博物館で倉賀野宿のジオラマを見ましたが、その中に倉賀野城も示されて居り良く観ますと、北は旧中山道現県道121号線まで広がり、東は倉賀野河岸、西は東公園の古墳当たり?とかなり広い城域だった様です。(歴史博物館で撮影したジオラマ倉賀野宿アップ倉賀野城を掲載します)
 土塁が残って居ると言われてる、井戸八幡宮辺りは路駐も有りパスしました。

 歴史は
 鎌倉時代初期、武州児玉党の支流、秩父平四郎行高の子孫、三郎高俊がこの地に館を建て倉賀野の地名を氏とした。 
 戦国時代に成ると関東管領上杉氏に仕え、上杉謙信が上州へ進出すると箕輪城主長野氏と共に上杉方へ、武田信玄が侵攻してくると箕輪城と共に落城し、武田方の城へ、金井秀景が城主となり倉賀野氏を名乗り、武田氏が滅亡すると織田方の滝川一益に従い、本能寺の変の後は北条氏に従う、秀吉の小田原征伐の後は降伏廃城となった、倉賀野氏倉賀野城の400年は終焉した。

 この後は信玄が倉賀野城を攻める本陣を置いたと言われる木部城(城びと未登録)へ。

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カズサン

群馬県立歴史博物館の国宝埴輪 (2026/05/30 訪問)

 群馬県立歴史博物館は倉賀野城より東約1km、かみつけの里博物館より南東約12kmに在り国宝埴輪展示で有名。
 住所:群馬県高崎市綿貫町992-1(群馬の森に在る)
 駐車場:群馬の森公園駐車場利用、無料でトイレ完備。

 先に保渡田古墳群かみつけの里博物館、三ツ寺Ⅰ遺跡を探訪見学の後、世話に成ったローソン高崎井出店Pでサンドイッチ、野菜ジュース、お茶を購入し携帯食と共に車内で昼食。

 群馬の森公園の駐車場に駐めて、群馬県立歴史博物館を目指す、隣は近代美術館(休館中)、入場料は金井沢碑企画展を含め800円、常設展示のみ300円をお願いしたのですが、合わせての観覧券との事で800円致し方なし。
 受付を過ぎると国宝展示案内の三人巫女埴輪写真看板が目を惹きます、入った瞬間国宝埴輪群に驚きます、先の東博の国宝はにわ展で展示されていた、三人巫女埴輪、武人大王埴輪、大型馬型埴輪が目に飛び込んできます、この埴輪群は群馬県立歴史博物館北約1kmの綿貫観音山古墳出土、100m弱墳丘を持つ二段前方後円墳との事。
 その他は装飾付太刀、馬具金具が展示されて、期待以上の満足感を得ました、観覧料800円に文句を言ってはいけませんでした。

 国宝埴輪で十分でしたが群馬上野の歴史展示が繋がっていましたので、原始縄文の土器、石器、石鏃など、古代の古墳から上野三碑、国分寺、中世の鎧兜、戦国期の城館跡図、家康関東入封後の配下の城館図、近世はこれから行く倉賀野城、倉賀野宿ジオラマで賑わいを展示、倉賀野城跡も示されていた、近現代の最後はスバル360の展示が大きく目を惹きました。さすが群馬県。
 写真撮影は、NG以外は私用に限りOKでしたので撮影投稿掲載しました。

 時間の関係で特別企画展金井沢碑はパス、次の倉賀野城跡を目指します。
  

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じゅんじん

川沿い (2025/02/11 訪問)

住宅地の片隅の公園に城址碑がありました。

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倉賀野尚行 (2025/03/28 訪問)

 JR倉賀野駅から徒歩約10分、雁児童公園付近が跡地です。石碑と説明板があります。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 倉賀野頼行
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 倉賀野氏
廃城年 天正18年(1590)
遺構 消滅
再建造物 石碑、説明板
住所 群馬県高崎市倉賀野町