(3城目)は桟原城です。
1661年に金石城が大火で焼失したのを機に、対馬藩3代藩主「宗義真」は港から3km内陸の桟原に、藩主館・行政機関・接待施設・家臣屋敷などを大規模に移転した「桟原城」を築城しました。その搦手門が、現在幼稚園に移築保存されています(写真①②)。藩主館跡は、現在は自衛隊基地になっているので、私は近づいて写真は撮らずに遠くから眺めるだけにしました。
義真は、港から直線に道を整備し(現在の国道)、朝鮮通信使の500名およそ2kmにわたる行列ができるようにと、この地を選んだようです。参勤交代の大名行列もそうですが、朝鮮通信使の行列も朝鮮国の威厳を見せるショーだったわけですね(写真③)。ならば義真はその道の両側に家臣の家を配置し、対馬藩の威厳も見せつけてやろうとしたそうです。確かに国道沿いには、家老屋敷(写真④⑤)や藩校日新館(写真⑥)などが現在も残っていました。
歩き回った後は「観光情報館ふれあい処つしま」に戻り、対馬の郷土料理「ろくべえ」をいただきました。サツマイモで作った麺とすまし汁で作られているようですが、ぷりぷりとした食感にさっぱりとした味で美味しかったです(写真⑦)。
今夜は東横インに宿泊、明日は早朝出発し(金田城)を目指します。
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