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朝田 辰兵衛

御坂城散策 2/2(西尾根・東尾根)を。 (2023/02/24 訪問)

標高:1571m,比高:510m。ついに山城の最高所に行ってきました。海抜:1.5~2mが居住空間の自分にとって,すでに登城口で空気の薄さを実感。また,空気が薄くなるほど足が重くなるという感覚が,如実に伝わりました。
この日の天候は曇りのち雨。午前中勝負。結局,登城中は雨に見舞われることはありませんでしたが,富士山眺望は登りのタイミングで確認できただけでした。それでも,雨男にしてみれば上等,上等。一週間前の天気予報では一日中雨でしたので。
まだ富士山の見えない比較的下の方の登城道で,雨が降ると滑落リスクの高いポイントがありました。ここだけは慎重に山側にエッジを効かせながら,一歩一歩確実に。この難所を抜けると富士山が確認できます。貴重な瞬間ということで,味わいながら登城しました(実は足が重くなってきたともいう…<笑>)。
登城口~尾根中央鞍部までは,往路:約85分でしたが,復路:約45分。登城口までは公共交通機関を使い,甲府駅前から富士急バスを利用しました。7:50発。南口5番乗り場から,富士山駅行きに乗り「三つ峠入口」下車。所要時間は約60分。御坂トンネルを抜けたところに止まります。登城口は,ここから「御坂みち」に20mほど入ったところにあります。
帰りのバスは「三つ峠入口」12:24発。約10分遅れでバスは到着しました。次発は約2時間後。しっかりとタイムマネジメントしないと泣きを見ますので,ご注意ください。
見どころは,西尾根と東尾根の長大な空堀です。写真ではなかなか伝わりませんが…。
私の他にも登山者がいましたが,挨拶に返事も出ないほど息が上がっていたようでした。

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朝田 辰兵衛

御坂城散策 1/2(尾根中央鞍部・登城道)を。 (2023/02/24 訪問)

標高:1571m,比高:510m。ついに山城の最高所に行ってきました。海抜:1.5~2mが居住空間の自分にとって,すでに登城口で空気の薄さを実感。また,空気が薄くなるほど足が重くなるという感覚が,如実に伝わりました。
この日の天候は曇りのち雨。午前中勝負。結局,登城中は雨に見舞われることはありませんでしたが,富士山眺望は登りのタイミングで確認できただけでした。それでも,雨男にしてみれば上等,上等。一週間前の天気予報では一日中雨でしたので。
まだ富士山の見えない比較的下の方の登城道で,雨が降ると滑落リスクの高いポイントがありました。ここだけは慎重に山側にエッジを効かせながら,一歩一歩確実に。この難所を抜けると富士山が確認できます。貴重な瞬間ということで,味わいながら登城しました(実は足が重くなってきたともいう…<笑>)。
登城口~尾根中央鞍部までは,往路:約85分でしたが,復路:約45分。登城口までは公共交通機関を使い,甲府駅前から富士急バスを利用しました。7:50発。南口5番乗り場から,富士山駅行きに乗り「三つ峠入口」下車。所要時間は約60分。御坂トンネルを抜けたところに止まります。登城口は,ここから「御坂みち」に20mほど入ったところにあります。
帰りのバスは「三つ峠入口」12:24発。約10分遅れでバスは到着しました。次発は約2時間後。しっかりとタイムマネジメントしないと泣きを見ますので,ご注意ください。
見どころは,西尾根と東尾根の長大な空堀です。写真ではなかなか伝わりませんが…。
私の他にも登山者がいましたが,挨拶に返事も出ないほど息が上がっていたようでした。

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苗木遠山氏 (2023/03/02 訪問)

 比較的楽に登城できて、遺構もすばらしい山城だと思います。木曽川を天然の堀として高森山に築かれた城ですが、特徴は巨岩の上に石垣が組まれたところでしょうか。城址には大きな岩が多くあり、そのうちの一つが天守台の南にある馬洗岩です。周囲45mある花崗岩質の自然石とのことです。その説明には「かつて苗木城が敵に攻められ、水の手を切られたときに、この岩の上に馬を乗せ、米で馬を洗い水が豊富であるかのように敵を欺いたことが名前の由来、、」とありました。この岩にどうやって馬を乗せたのでしょうか、と突っ込みを入れたくなります(笑)。江戸時代に一万石の大名は多くいましたが、苗木遠山氏は唯一の城持ち大名であったとのこと。維持は大変だったと思われます。実際に幕末には藩の財政は破綻していたようです。
 地理的に近いこともあり何回か来ていますが、何回来ても飽きないすばらしい城址です。城跡からの景色もいいのですが、この日は少し曇っていて恵那山が見えていません。また落石のため帯郭、八大龍王周辺の散策路が通行止めになっていました。
 JR中津川駅から北恵那交通のバスに乗り苗木バス停下車して徒歩10分くらいです。

 ところでリニア中央新幹線の岐阜の駅は同じ中津川市内ですが、中津川駅と恵那駅の中間にある美乃坂本駅付近になります。この駅が開業すれば東京方面の方は岐阜県東農地方の城(苗木城 岩村城など)には日帰りで比較的簡単に来ることができるようになるのではないでしょうか。

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イオ

尾張徳川家御連枝 (2023/02/04 訪問)

南北朝期に氏家重国が築いたとも、戦国前期に大橋重一が築いたとも云われ、織豊期には高木盛兼の城となっていましたが、関ケ原の戦いでは西軍についたため、東軍についた松ノ木城の徳永寿昌と今尾城の市橋長勝らに攻められて降伏しました。戦後は徳永氏が城主となって修築し城下町を整備しましたが、改易により幕府領となり、小笠原氏を経て尾張徳川家御連枝の松平義行が入って高須松平氏で明治を迎えました。高須松平氏といえば幕末の高須四兄弟が有名ですが、初代の義行は尾張徳川家二代・光友と三代将軍・家光の長女(千代姫)の子であり、本家にあたる尾張徳川家の藩主を五代も輩出した大変な名門だったんですね。

駐車場はなさそうなので、城跡公園の東側に路駐して登城開始。城跡公園は三の丸跡に位置し、東側に高須城跡(関ケ原の戦い)の説明板が立てられています。公園北側の高校敷地が二の丸跡で、さらに北の大江川沿いの企業敷地が本丸跡のようですが、遺構は見られません。公園の南には三の丸と城下を隔てる水堀が東西に続き、朱塗りの主水橋(往時は板橋)が架けられています。主水橋の南詰は殿町ポケットパークという小公園になっていて、水堀跡を親水公園的に整備し、主水橋や高須城と城下町の説明板が設けられています。ポケットパークの東端で水堀跡は南に分岐して続き、かつては武家屋敷と町家を区画する水堀だったようです。

城跡公園から南東に約1kmには歴史民俗資料館があり、高須城や高須松平氏の展示もあるようなので見学したかったんですが、開館時間前だったため大江川に架かる橋から眺めるだけに留め、またの機会に。また、桑名市の六華苑には高須城(陣屋)の御殿が移築されているようなので、こちらもいずれ…。
 

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todo94

2月最初の攻城 (2023/02/18 訪問)

休日に所用が重なり2月最初の城めぐりがこんなに遅くなってしまいました。京都まで新幹線。東福寺で京阪に乗り換えて橋本駅から向かったのが、鳥羽伏見の戦いの史跡でもある樟葉台場。大河ドラマ「新選組!」の頃からずっと行きたいと思っていたスポットなので漸く念願が叶いました。

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赤い城

遅くなりましたがクイズの答え

またしても微妙なクイズとなりすみません。
にのまるさんのご解答通り唐沢山城で正解です。
千騎口の写真でした。
巨岩を利用して入口を狭め、攻め込まれにくくしています。
まるで房総の城のよう。
ここまで行った方は少ないですかね。
NHKの最強の城シリーズでも紹介されていましたね。

唐沢山城は個人的には関東で一番の城だと思っています。
他にも北城先の二重堀切、南城の尾根上の遺構など見どころはたくさん。
竪堀も多く施されています。
石垣だけではもったいない城だと思います。

栃木も良い城多く、那須氏の城は佐竹との睨み合いもあり、烏山城、伊王野城、黒羽城など見どころある城も多いです。
鹿沼周辺や足利周辺などそれぞれ特徴もあります。
那須氏の他、宇都宮氏、壬生氏、佐野氏などが北条や上杉の影響を受けながら存続しました。
平城は堀が深く、山城は堀切も多い、そんな感じです。
写真3枚め以降はおすすめの城を一部紹介しています。

未登録城はあまり行けてませんが下南摩城や小俣城はおすすめです。
北関東3県は魅力度では下位争いの常連ですが城の魅力度では上位だと思います!

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ぴーかる

霧の五龍城 (2023/02/11 訪問)

【五龍城】
<駐車場他>登城口前<34.698749, 132.756437>に7台程度の駐車スペースあり。
<交通手段>車

<見所>曲輪・石垣・堀切・切岸
<感想>1泊2日安芸高田の山城攻めの旅1城目。五龍城は江の川と本村川の合流地点にある、2つの川に浸食されて残った半島状になった所に築かれた山城です。築城者は宍戸氏によるもので、源頼朝の御家人である八田知家の子孫にあたり、鎌倉時代末期に常陸国宍戸から安芸国に下向して近隣に城を構えますが南北朝時代に五龍城を築き移転します。戦国時代には近隣の毛利氏と争いますが、当時の当主である宍戸隆家は毛利元就と和睦して元就の長女である五龍局と結婚して毛利氏の重臣となります。関ヶ原後の毛利氏の萩への移封に伴って五龍城は廃城となります。
 城跡は狭い東端から西に広がっていく連郭式の山城で城跡の中心部に主郭があります。主郭の西側には深い堀切があり、更に西側に同じような構造の連郭が存在していて、最上部にもう一つの主郭となる御笠丸という曲輪があります。連郭群の南側は比高のある崖になっており、連郭群の北側は高い切岸の下に連郭が派生していたり、帯曲輪、腰曲輪、畝状竪堀があったりします。石垣は随所に残されていて、特に主郭、主郭手前の桜の段・姫の丸、御笠丸の曲輪壁に多く見受けられます。連郭の北側下段に行くには、東の方の井戸跡から道は無いですが、切岸の中腹を伝って行くことができます。主郭の北側の曲輪壁に残る石垣跡は見事です。もう一つの主郭となる御笠丸の西側も深い堀切になっており、その先に横土塁のある曲輪があります。
 城が3つ分くらい残る広大な山城で見応えある遺構も沢山ありました。来訪時刻が7:30でしたので朝霧が出て更に幻想的でした。じっくり攻略すると半日はかかります。百・続百名城に負けてない、またマイベストに入る凄い城跡でした。

<満足度>◆◆◆

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肉球

法面崩落で立ち入り禁止でした (2023/02/18 訪問)

舌状に伸びた丘陵の先に築かれ二階堂氏蘆名氏上杉氏蒲生氏など戦国大名が次々支配したお城のようです。
訪れた時は法面の崩落が起きたようで立ち入り禁止になっていました。
悪いこととは思いましたが立ち入り禁止の柵内から少々写真を撮ってしまいました。
江戸時代に入り幕府の代官所や水戸松平氏の陣屋が築かれたようです。

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肉球

中川船番所・東京都江東区 (2023/02/08 訪問)

1590年江戸に入った徳川家康の指示によって旧中川と隅田川を結ぶ運河小名木川が築かれ
1661年に旧中川側に船の取締りのため設置されたのが中川船番所。
跡地には案内板が設置され水辺には石垣風の散歩道があります。
近くには中川船番所資料館がありジオラマ復元され
江戸の河川整備や物資の流通に関する資料が多数展示されています。

観覧料200円敷地内に無料駐車スペース3台くらい

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城歩き始めます

ビックリ!雨山城の整備 (2023/02/20 訪問)

岡崎市は雨山町(旧額田町)にある雨山城にふら~っと行ってみました。
場所は雨山ダムのすぐそば、
行ってみてビックリ、名前の通りの山城なんですが、なんと簡単に登れるようになっていたんです!

雨山城はあったことは分かっていましたが、正確な場所はずーっと分からなかったらしいです。
しかし地元の方々が大変な努力をして、場所を特定し道を整備されたそうです。

戦国時代にはここで大変な戦があったそうな。

さて私はいつでも山城を攻められるように車にはトレッキングシューズやリュクサックなどを常に積んであるものですから、
さっそくそれらを取り出して山登りを始めました。

冬にもかかわらずこの日は暖かく快晴で、山の中を歩くのは非常にいい気分です。沢の流れの音がさらさら、
時々小鳥がさえずり耳を楽しませてくれます。今回は行きませんでしたが、近くに「天使の森」というのもあり、
いいハイキングコースですね。

私は気弱な山城ファンですので、「熊出没!」とか「マムシ注意!」などの看板があるともう足がすくんでしまって
先には進めません。でもここなら夏になっても安心して登って行けそうですね。

と、ここまではルンルン気分でしたが、城跡方向に曲がった途端に崖があり、立ち木を掴みなんとか登りました。
この一か所だけが怖いところで、あとは気持ちのいいハイキングでした。

城跡周辺の樹木を伐採したり、林道を造ったり、案内板を設置したりと、そのご苦労は大変だったと思います。

ネットで調べたところ、ここの整備が終わったのが令和3年6月
のことで、その記念に石碑を立てて、除幕式が行われたとあります。
それじゃあごく最近のことじゃありませんか、私は全く知りませんでした。

この山城を整備してくれたのが、「宮崎まちづくり協議会」という方々で、おでこを地につけてお礼を言いたい位
の気分です。

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aki005

駿河山城 (2023/02/24 訪問)

遺構のこりが素晴らしい。保存会の方の整備が行き届いています。

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カズサン

天守閣修復工事足場が撤去中でした (2023/02/23 訪問)

 諏訪原城冬枯れの各馬出、三日月堀、外堀、内堀を探査探訪を充分堪能し終えて、地道旧国道1号線を西行、この間バイパスより空いていて走行し易く掛川城大手門へ到着。
 早咲きの寒桜の一種掛川桜の開花の様子見、天守閣修復工事が終わって天守閣がスッキリと見えるかな?と寄りました、掛川桜はまだまだ、数本の河津桜は咲いて居ました、天守閣はまだ修復工事の足場が懸って居り、足場の撤去作業中でした。
 修復作業は1月末頃と思って居たのですが長引いているようです3月末とネットに変更が出て居ました。

 3月に入りましたが例年ですと3月10日前後が掛川桜の見頃かなと思いますのでそのころ出かけて掛川桜と修復成った天守閣を入れた写真を撮り投稿したいと思って居ます。
 掛川桜、染井吉野桜と二回美味しい掛川城にお越しください。

 足場撤去中の天守閣写真も珍しいので投稿しまし。
 

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todo94

城カード再建天守シリーズ (2023/01/28 訪問)

予定していた山城を一つパスしたため時間にゆとりが出来ました。沼城から思い切って岩国城に転戦です。錦帯橋を渡ってロープウェイ乗り場に駆けつけてみると何とメンテナンスのための運休中でした。ロープウェイの発券所で岩国城の城カード(再建天守シリーズ)を手に入れることが出来たので良しとします。岩国寿司を売っている店が見当たらなかったのですごすごと徳山に引き返しました。ホテルでの部屋飲みは獺祭と山口ビール。お土産用にも購入しました。わらび粉を用いた外郎は添加物を使っていない老舗の製品を選択。名古屋の外郎よりプリプリしていてみずみずしい感じでおいしかったです。

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にのまる

石!! (2023/01/05 訪問)

一宮城→引田城からの3城目。年始の四国めぐりもここがラストです。
徳島駅から歩いて跨線橋に向かいました。
線路の向こうに深い緑の山。これはヤバいのかそれとも楽しいのか⁉︎
城山部分については事前チェックをしていなかったのでドキドキ(>_<)

城内に入り最初に復元鷲の門に向かいました。
建造物復元はお城の新たな歴史のはじまり。もう二度と戦場となることなく平和の象徴として在り続けてくれることを願わずにはいられません。

下乗橋、枡形黒門、博物館、表御殿庭園、数寄屋橋、隅櫓跡、貝塚跡、藩祖蜂須賀家政公像とまわって東二の丸へ通じる登り口からドキドキの詰の城山に登りました。本丸の野面積みの石垣が圧巻です。廃城後、長い時間をかけてゆっくりと熟成されていき、今のこの姿を見せてくれているのだろうなと感じました。

広い本丸から連郭式の西二の丸、西三の丸へ進みました。完成度の違う算木積み、趣の異なる鏡石、西三の丸の枡形など、大手筋を下りきる最後まで途切れることなくさまざまなかたちの遺構を目にし、楽しめました。お散歩している方も何人かいらして、都市公園として親しまれている様子が伝わってきました。

そろそろ日没なので太鼓櫓跡に上がって終了です。
駅前のホテル(ダイワロイネットホテルに連泊しました)に戻りがてら、跨線橋から夕闇に沈みゆく城跡と列車を眺め、行きに見つけられなかった舌石探しをしました。草陰に1箇所だけ見つけて任務完了です( ̄^ ̄)ゞ
引田城から駅まで猛ダッシュして1時間巻いた甲斐があってゆっくりまわれてよかったです。

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カズサン

外堀・内堀観察良好 (2023/02/23 訪問)

 二の曲輪中馬出、三日月掘、北馬出、西側の堀、建設されて薬医門、鉄骨むき出しの仮設塀を観察確認して、壮大な外堀、内堀、本曲輪東端崖下の内堀を観察探訪、草刈り雑木潅木伐採されて良く確認観察出来ました。
 カモシカの主には当日遭う事は有りませんでした、終わってビジターセンターに寄り係員の方と情報収集、諏訪神社の賽銭泥棒の件も聞きました、昨年イベントで中馬出を仮設展望台より眺望の話も伺い、展望台が常設されたり、外堀の堀底探査観察出来たりと要望も若干入れて会話も楽しみ、十分諏訪原城を堪能しました。
 県外の方も多く賑わって居ました、県外ナンバーの車が多く訪ねて居ました。
 

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カズサン

中馬出・北馬出観察良好 (2023/02/23 訪問)

 冬枯れのこの時期、草刈り雑木伐採景観整備された諏訪原城を思いっきり楽しもうと堀跡探査探訪、南東の二の曲輪南馬出三日月堀、東馬出やや三日月掘、東内馬出と内堀、南側の外堀、二の曲輪大手馬出三日月掘、外堀、大手南外堀、大手北外堀を充分観察探訪終えて、二の曲輪中馬出、三日月掘、北馬出、西側外堀、北馬出に造られた薬医門、仮設の鉄骨塀、新たに北馬出から中馬出三日月掘西側の遊歩道が伸長され、中馬出北中間に有る堀切と解説板が新設された所を観察探訪、新設箇所を確認し、北馬出からも富士山を遠望、拡大撮影し充分に堪能しました。

 

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朝田 辰兵衛

キャリーバッグ持ちにはキツイ。 (2023/02/23 訪問)

いつものように,軽く途中下車で考え,JR上野原駅の改札を出ました。なんと,この駅は崖底にあるようなイメージで…。高速道路上を渡るまでは,比高:約40mの登り。全くの想定外でした。それでも,雨男が晴天に恵まれたので,ヨシとします。
越後はまだ冬から脱していないというのに,ここはすでに春を迎えていました。

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駿府城

シンポジウム「今川館の姿にせまる」が開催されました!

令和5年2月4日(土)に、静岡市民文化会館にて、静岡市歴史博物館グランドオープン記念シンポジウム「今川館の姿にせまる」が開催されました。
沢山の方にお申込みいただき、当日は市民の方々に加え、遠方の方々にもご来場いただきました。

講演やパネルディスカッションでは、今川館や今川時代の駿府の姿に関する先生方の熱い議論が繰り広げられ、参加された方からは、あっという間だったという声もありました。
シンポジウムで配布された資料集は、こちら(https://www.city.shizuoka.lg.jp/220_000065.html)からダウンロードできます。

駿府のまちの歴史や今川氏のことをもっと知りたい!という皆さんぜひご活用ください。

ご来場いただきました皆様、ありがとうございました。

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カズサン

大手馬出周辺観察良好 (2023/02/23 訪問)

 二の曲輪南馬出周辺を観察して二の曲輪の土塁上を歩き、二の曲輪大手馬出の土橋へ、二の曲輪内部は草刈りされて見晴らしも良好、大手馬出土橋より外堀を南側北側と眺める、よく堀底まで観察出来ます、大手馬出の三日月掘りも良好に観察可、草刈り雑木伐採がされて居ます、大手南外堀、大手北外堀も草刈りされて綺麗に見る事が出来ました、素晴らしい景観整備です。
 

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イタさん

国指定史跡 比企城館跡群の一つ (2023/02/22 訪問)

 数十年振りの訪問。季節の違いがあると思うが、緑が多く樹木の多かった記憶がある。城域・本郭北虎口・堀・土塁など、さほど大きくない印象が残っていたが、規模の大きさを認識させられた。前回見なかったであろう、自然地形を利用した東西の堀、大手門跡辺り、南郭から都幾川側の湿地帯など、入れる範囲を散策する。

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