かつまたじょう

勝間田城

静岡県牧之原市


旧国名 : 遠江

投稿する
石碑から横堀土塁、横堀、虎口を見る
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

カズサン

見える化伐採中、本来の大手虎口、横堀確認出来ました (2021/01/14 訪問)

 先の投稿の続きです。
 東曲輪、5連続堀切、南曲輪、一騎駆けを堪能した後、メインの本曲輪、北尾根曲輪Ⅰ、北尾根曲輪Ⅱ、北尾根曲輪Ⅱと二の曲輪間の大堀切、二の曲輪西虎口、二の曲輪建物跡地表展示、二の曲輪高土塁、同虎口、西三の曲輪、三の曲輪と巡り5年前に探訪した遺構を再確認。
 現在三の曲輪北面の景観整備に伴う立木、灌木を伐採し勝間田城跡の土塁が重層的に見えるようにと整備工事中です、三の曲輪土塁、二の曲輪土塁、東曲輪土塁城塁が見える化されれば遠望にて城跡の存在を認識でき観光に大いに期待される事でしょう。

 工事の伐採を近くで見てましたら三の曲輪土塁に虎口の遺構発見、その北側に横堀が長く伸び虎口を防御している、5年前に探訪したときは茶畑を過ぎ出曲輪を越えた辺りより杉林、灌木で新虎口まで鬱蒼として見つける事は出来ませんでした、見える化工事のお陰です。
 三の曲輪の馬洗場池跡か?、本来の虎口を降りて三の曲輪土塁北側下に長く伸びてる横堀、まだ不十分ですが灌木、草木が刈られてました、三の曲輪土塁を北下から眺める事も出来ました、私的には新しい発見です当日の探訪十分満足、皆さんに感謝です。
 下って茶畑に成ってる出曲輪、狭い出曲輪馬出?を確認して駐車場へ。

 麓の駐車場から登る時、景観整備工事作業の方に声かけられ小型トラック荷台に便乗させてもらいました三の曲輪直通でした感謝です。
 伐採が終わって見える化景観整備完成の3月末頃には一段と変わった勝間田城が出現する事でしょう、楽しみです。

 歴史的、構造的内容は初登城投稿済みにて省略します。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

東曲輪尾根筋5連続堀切確認、見応え有り怖い (2021/01/14 訪問)

 寒気が少し収まり日中14~15度の予想でしたので、勝間田城に出掛けました今年の登城始めを浜松城か勝間田城と考えていたのですが近くの浜松城と成り今日に成った次第。
 近々にぴーかるさん投稿で東曲輪の5連続堀切の写真が掲載され草刈りと草が枯れ堀切が良く見えるように成ってましたので平成27年9月は草が茂り良く見る事が出来ず5年振りの探訪、東曲輪から東尾根に5連続堀切、曲輪、土塁の南裾を斜めに人の足幅程の道を昇り降り南は崖で狭く急峻、ストックと空きの手を地面に付き這いながら慎重に降り登る、手前の2つの堀切は少し怖いですが後は浅く
東尾根の物見曲輪確認、東奥はやや藪化。
 戻って南曲輪、堀切、腰曲輪、南曲輪を降りて堀切に架かる橋を渡り西へ、一騎駆けを確認。
 東曲輪より静岡空港越しの富士山を眺める、今日は急に気温が上がった性か霞がかってぼやけてハッキリしません。
 
 又重層土塁が良く見えるように景観保全整備伐採を3の曲輪北側から工事中で3月末には完成とか?桜の頃がベスト探訪時期に成りそうです。

 駐車場は麓(静岡県牧之原市勝田2152)にトイレと完備、パンフレットはトイレの壁に資料ボックスあり、虎口まで急坂、茶畑を少し歩きます。
 
 続き、本曲輪、北曲輪Ⅰ,Ⅱ、2の曲輪、3の曲輪、馬洗場、北横堀、虎口、出曲輪を投稿写真掲載。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぴーかる

勝間田城 (2020/11/21 訪問)

【勝間田城】
<駐車場他>麓に城跡専用駐車場8台分程あり。
<交通手段>レンタカー

<見所>連続堀切・土塁・切岸・礎石建物跡
<感想>1泊2日武田・徳川攻防の城旅2城目。この城跡は戦国期以前の城で武田・徳川とは関係ないかもしれません。現地説明板を要約すると「この城跡は応永年間(1394ー1428)にこの地方の豪族で鎌倉幕府の御家人となった勝間田氏の子孫勝間田定長が築城したと推定されます。応仁の乱が勃発すると今川氏と対立し、1476年今川義忠によって落城され一族は四散したそうです。その後城が再び使われた記録は見当たらないが遺構からは手が加えられた形跡が認められる。」とあります。
 
 城跡専用駐車場にトイレ、トイレにパンフレットが置いてあります。駐車場から城跡入口前の侵入禁止場所まではアスファルト道なので多人数で行く場合は同乗者を上まで行って降ろしてあげると便利です。城跡入口石碑がある場所の手前に出曲輪と堀切があります。出曲輪は茶畑になっていて気づきにくいです。三の曲輪入口左手には横堀跡、三の曲輪・西三の曲輪は一体化して土塁で囲んでいる。また三の曲輪には馬洗い場の窪地もちゃんと発掘されてあります。東側には2重堀切、少し鬱蒼としていますが見応えあります。ニの曲輪はその南上段にあり土塁で仕切っている。ここには礎石建物跡があります。二の曲輪から南は谷を利用しての大堀切で区切っており、その南側にそびえ立つ東尾根曲輪は圧巻で切岸がすごいです。この辺りの防御力がこの城の要かと感じました。東尾根曲輪の東側には最大の見所の連続堀切があります。曲輪からは2条程しか見えませんが、堀切をつたって奥までいくと小さいのがもう3つ、5条の連続堀切になっています。東側からは比較的平坦で尾根伝いに侵入できそうなので5条も造ったのかなと思いました。また東尾根曲輪から富士山が眺望できます。東尾根曲輪の西側に本曲輪があり本曲輪の南に南曲輪があります。本曲輪・南曲輪間も道になっていますが深い堀切になっています。本曲輪・南曲輪は南側にL字状の2m程の土塁があります。本曲輪西側にも堀切、腰曲輪があるそうだが未整備で肉眼では確認できなかった。
 各曲輪間には各々堀切で仕切り、土塁もきちんと残されている。小さいながらもキレのある、キリリとしたいい城跡でした。また草刈がちゃんと施されていて気持ちよく遺構を楽しめました。

<満足度>◆◆◆

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

茶畑の奥に発掘復元中世山城 (2015/09/22 訪問)

 武漢コロナウイルス禍、梅雨時夏季城廻り何かと躊躇しがちなこの頃です、古くなりますが5年前の登城を投稿させて頂きます。

 平成27年9月22日遠江諏訪原城、遠江勝間田城、遠江黒田代官屋敷と廻りました。諏訪原城から牧之原の茶畑を南へ勝間田城麓の駐車場へ10台位は駐車可。
 駐車場に大きな勝間田城概要案内図、良く城内が分かります、案内図に従い茶畑舗装された農道を登って行く、舗装が砂利道に成る辺りに茶畑に成ってますが出丸跡、進んで三の曲輪下に城名石柱、西に廻って新しく造った?と思われる虎口、三の曲輪、西三の曲輪の間に入る。
 西三の曲輪、三の曲輪、二の曲輪へ二の曲輪は建物跡が平面表示されてる、各案内解説板、北尾根曲輪、本曲輪、南曲輪、まだ9月夏草も深く東尾根曲輪の5連堀は見逃して仕舞いました。残念です。 草刈り前ですが全体良く保全管理されてます、冬場に登城をお勧めです。天気が良ければ富士山を望む事が出来ます。

 勝間田氏は平安末期からの在地領主で鎌倉期御家人、室町期奉公衆と活躍、応仁の乱以降駿河守護今川氏と対立し今川義忠の攻撃で勝間田城は落城。(文明8年1476年) 離散した勝間田氏一族は現在の御殿場市印野などに移り住み各地の発展に尽力した。(案内板より抜粋)

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 山城
築城主 勝間田氏
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 勝間田氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、建物礎石
指定文化財 県史跡(勝間田城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 静岡県牧之原市勝田2160
問い合わせ先 牧之原市社会教育課
問い合わせ先電話番号 0548-53-2646