まるおかはんほうだい

丸岡藩砲台

福井県坂井市

別名 : 梶台場
旧国名 : 越前

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ヒロケン

砲台跡 (2026/08/14 訪問)

丸岡藩砲台跡は1852年、日本近海で外国船が頻繁に現れる事を危惧した幕府が各藩に海岸防衛を指示したことを受け、丸岡藩が自領の海岸防衛のため建造した砲台です。
砲台は海岸側に弓状に長さ33m、高さ1.8mの土塁に4.5m間隔で5台の大砲が設置されるもので、外側は土砂、、大砲が設置される土台部分と側面、土塁の内側を石塁としています。
江戸時代末期に建造された砲台の中では保存状態が良く貴重なことから国指定史跡に指定されています。

この日、越前松島水族館に孫と共に訪れ、13時過ぎに帰宅するため水族館でお別れ( ;∀;)水族館に行く途中で砲台跡の案内版が目にとまっていたことでお別れした後に立ち寄りました。
砲台跡もそれなりに良かったのですが、それより何より砲台跡から見る景色・海岸線が素晴らしく、また、近くに海水浴場、芝政ワールドなどもあり、次回はお孫ちゃんと芝政ワールドに行ってみたいと考えています。

POYO58さん 受験お疲れさまでした、また名古屋工業大学への御入学おめでとうございます。これからも、軽音サークル、お城巡りと体調に気を付けて頑張って下さい。それでは投稿を楽しみにしております。

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栗原源左衛門 (2024/05/30 訪問)

 幕末に丸岡藩が沿岸警備のために建設したものです。内面と側面は石を積み、外側を土砂で造るという二重構造になっています。

芦原温泉駅よりバスに乗り梶浦バス停下車。徒歩約5分で行くことができます。

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ゾウさん

日本海側で現存する砲台の代表格! (2023/02/24 訪問)

規模は大きくないが、5基の砲台があり、ペリー来航の1年前(嘉永2年)に設置されたことから、そのころの丸岡藩のお家事情はもちろん、幕府の様子も大変興味深い

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カズサン

別称梶台場 (2024/04/19 訪問)

 堀江館を終えて北陸路3番目北西約6.4km程と近いので丸岡藩砲台に10数年ぶりの再登城、以前は梶砲台の名称が脳裏には残って居ます。

 駐車場:専用駐車場(36°15'06"N 136°09'15"E)、県道7号線(三国東尋坊芦原線)沿い北側に10台位?バス1台は可能、古びていますがトイレ完備。
 参考資料:城びと各投稿、グーグルマップに依る。

 10数年前の初登城は夕暮れ太陽が沈み西のあかねに砲台の砲眼影が判る状態で懐中電灯も無く海岸は危険が有りますので上部から眺めるだけで撤退。
 今回は昼10時頃、案内解説板横の登城口より進行、海の見える海岸際を通って砲台東側より観察、内部、西側、海側と5ヶ所の砲眼、内側の石垣、砲眼の石垣、海側の土砂土塁、西側の土塁上からと眺め尽くしました。良くここまで残り保存されたなと感謝しか有りません。充分堪能しました。
 潮の匂いがムンムン、久しぶりに潮の香りを満喫しました、西側の海岸は越前松島海岸で遠目で柱状節理の岩が良く分かり、更に西には名勝の東尋坊が控えて居ます。

 ペリー来航の前年寛永5年(1852年)には砲台を築いています、石垣で5砲座を築き海側は土塁で砲弾着弾の衝撃を吸収する知恵もしっかりと施されて居り、幕末の緊張の中、学問を納めて丸岡藩、各藩が頑張った証でしょう。
 
 黄砂は酷かったですが新緑、かすみの陽光で素晴らしい日和でした。
 
 

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城郭情報

分類・構造 台場
天守構造 なし
築城主 丸岡藩、栗原源左衛門(設計)
築城年 嘉永5年(1852)
主な城主 丸岡藩
遺構 石垣、土塁
指定文化財 国史跡(丸岡藩砲台跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 福井県坂井市三国町梶
問い合わせ先 福井県教育庁文化課
問い合わせ先電話番号 0776-20-0579