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赤い城

朝田さんおめでとうクイズ🎉

遅くなりましたが東京都コンプリートおめでとうございます㊗️
クイズはスルーで、とのことでしたがお祝いをスルーできません(笑)
にのまるさんクイズもギブアップとのこと(私もわかりません)なので不完全燃焼かとも思い1問。

東京都、寺社仏閣廻りのどこかです。

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カズサン

その他の曲輪・堀切ー3/3 (2025/03/01 訪問)

 曲輪1・2・3辺りー2/3の続きです。

 沢山写真を撮りましたので先端の曲輪より順に曲輪6・5・4、曲輪1北の出曲輪1・2の堀切、切岸、土橋、石積の写真を投稿します。(曲輪の番号は余湖図コレクション俯瞰図の曲輪番号に依ります)
 本日は浜松を朝早く立ち東海環状豊田松平IC経由三河未踏の松平城山城・大田城を初登城。

 今回の企画では松平城山城周辺の未踏の城、陣屋を訪ねて、もう一つの未踏の城「安城古城」を目指す城廻でした。
  

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カズサン

曲輪1・2・3辺りー2/3 (2025/03/01 訪問)

 巨岩が城門の如しー1/3の続きです。

 巨岩が城門の洗礼を受けて南東尾根を降って登って土橋の様な尾根道が曲輪群の先端、浅い堀と切岸、余湖図コレクションの俯瞰図では曲輪6・5・4と続き各曲輪間に堀切、曲輪4と2の間は大堀切で曲輪2の出曲輪が主曲輪の虎口に成っており、虎口横に石積が残って居る、主曲輪は西から曲輪2、曲輪1、曲輪3と繋がり、各曲輪間は土橋と空堀が施されている、先端の曲輪3の南東下には堀切と土塁、曲輪1の北下の尾根筋に出曲輪1、2と続き曲輪7に至る、出曲輪1と2は虎口があり土橋と堀切で守ってる、虎口側には石積の残存がある。
 唯一案内板?説明板が曲輪1の巨石下に在り「城山城址、別名:大田城 H22.8」と読める。
 中は灌木と落ち葉で充満しており歩くとサクサクの音が心地よいが歩きずらい。
 松平城山城の名称はグーグルマップ、城びとが使用、城郭放浪記さんは大田城を採用、余湖図コレクションは豊田城山城を使用しています。
 歴史的にはここ松平郷ですので松平氏の城、3代当主松平信光と言われているが松平氏の勢力範囲内の事には違いない、岩津城、安城へと南進した。
 
 その他の曲輪・堀切ー3/3に続く。
  

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とばつびしゃもん

6つの郭をもつ連郭式の城 (2025/01/02 訪問)

14年ぶりの登城。専用駐車場から登城開始。
入城券売場前から無料のカートで正門前へ運んでくれる。正門から城内へ。
西の郭には進めない。一の郭の石垣補修を見ながら南の郭へ入る。ルートに沿ってアーチ門を通ると正殿跡のある一の郭、さらにアーチ門を入ると二の郭。緩やかに曲線を描く石垣に囲まれていて、石垣の内側にある武者走を歩くことができる。
北の郭では石階段を下りた先に大井戸が見られる。三の郭に寄ってアーチ門の裏門を出る。
座喜味城と同じく名築城家護佐丸が築いた城。一、二、三の郭の石垣が同じ方向に凹む姿は面白い。90分の攻城。

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カズサン

巨岩が城門の如しー1/3 (2025/03/01 訪問)

 三河に未踏の城が2城有り1城目松平城山城に初登城、山頂曲輪群手前の巨岩が城門の様な役割をしています。
 
 駐車場:松平城山城そのまんま公園駐車場を利用、奇麗なトイレ完備、大型車駐車出来る大駐車場。
 参考資料:余湖図コレクションさん城郭放浪記さんグーグルマップに依る。

 城に関する案内板は無く下段駐車場に王滝渓谷案内図がありその中に現在地の上に城を表す天守台石垣が有るが城名表記は無く少し不安になる、登城口標識も無く、同駐車場利用の方に聞くが分からず、川向こうの集会所地元の方に聞くが不案内、よく聞いて確認するとどうも城は有る、そのまんま公園に行く車道の横の丸太階段を登って行くらしいことが判明。ちなみに駐車場利用は岩登ロッククライミングの方がほとんど。
 
 丸太階段を南東方向へ登って行くと木々にピンクテープが縛って有り登城路を表してる、程なく登って行くと巨岩が林間越しに見える、大岩巨岩が聳えてる群がってる、大給城の様な巨岩です川を挟んで北と南ですから岩石構成は似ているのでしょう。
 手前に岩が屋根のように覆った隘路が有り巨大岩石の城門の様、少しピークの巨岩石群は二重の折れがある枡形虎口の様子、そこを過ぎると降りに成り曲輪群に至る。
 素晴らしい巨大岩石の構造物を堪能し記憶に残る城跡に成りました。

 曲輪1・2・3辺りー2/3に続く。
 

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朝田 辰兵衛

にのまるさんのクイズは,ギブします。

しんちゃんさん,ぴーかるさん,チェブさん,祝辞ありがとうございますm(__)m

にのまるさんのクイズはムズくて見つけられません。ギブということで,お願いします。

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T-Shionoya

石材で装飾された鳥羽山城 (2024/12/29 訪問)

「100名城・続100名城に負けない名城」の記事で知り、昨年末に二俣城とセットで訪れた静岡県浜松市の鳥羽山城。

天竜川が山地から遠州平野へ流れ出るポイント。
嘗ての二俣川の合流点で、その二俣川を挟み二俣城の対岸に位置する比高約60mの鳥羽山に築かれた城。
東西に長い鳥羽山は3つのピークそれぞれに遺構が存在するようだが、明瞭な形を残すのは西のピーク。

1560年の桶狭間の後に二俣城の関連施設が置かれたかもしれないが、1575年には徳川家康が武田信玄に攻略された二俣城の奪還に鳥羽山を本陣としたとのこと。そのため本格的な整備は1576年以降の可能性が高く、1590年に堀尾氏が浜松に入ると石垣を導入した迎賓機能のある領主の居館的な施設に改修されたと推測される模様。

現在は鳥羽山公園として整備され、南の丸が駐車場になるなど改変も多いようだが、本丸は土塁と石垣に囲まれ門跡を残す国指定史跡の城跡。

訪問時は二俣城西の丸から天竜川の堤防を通り鳥羽山の北西部から遊歩道で本丸へ。遊歩道の入口付近では枡形のようなものを含む小規模な石積みが見られたが、後の時代のものでしょうか。
周囲の曲輪と比べて本丸だけが広く、大手門と東門は石垣の下部に排水用の暗渠があるなど先進的な印象。
堀切や枡形虎口の形態が見られるものの、公園化の影響なのか先入観のためなのか、石垣の表情が優雅に感じられた、私の城郭巡りの194城目でした。

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橋吉

移築された太鼓櫓と大手門も見てみたい (2025/03/01 訪問)

神戸城は戦国大名神戸氏の城で、織田信長の三男で城主となった神戸信孝が、五重の天守を建てたとされています。
江戸時代、神戸は天領となって神戸城は廃城されましたが、
1732(享保17)年に本多忠統が2万石で封じられ神戸城を再築しましたが、天守は再建されませんでした。

本丸と三ノ丸の一部は、現在、神戸公園になっています。
公園駐車場にクルマをとめることが出来ます。
野面積の天守台,本丸を取り囲む土塁,内堀などが残されています。

二ノ丸と三ノ丸の一部は三重県立神戸高等学校になっています。

さらに、市内の蓮花寺に二の丸にあった太鼓櫓が移設され、鐘楼として使われています。
また、四日市市の顕正寺の山門は大手門を移築したものです。

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にのまる

おめでとうクイズのこたえは…⁉︎

やはり画質に問題ありですよね。
すみません。
どちらの写真も“わりと真ん中あたり”です!

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ぴーかる

亀というより闘牛のような戦う要塞 (2024/12/30 訪問)

【亀ヶ城】
<駐車場他>自販機・亀ヶ城の立看板がある広場<35.497896,134.966969>に駐車。
<交通手段>車

<見所>大城郭の曲輪群・2重大堀切・畝状竪堀・切岸
<感想>縁起祈願、鶴亀楽々旅1城目。現地説明板によると亀ヶ城は鎌倉時代に但馬守護であった太田氏の築城と伝承されています。現存する遺構を見るに、戦国時代後期まで改修を加えられた様々な遺構が残る大城郭です。現地の縄張り図は正確な縮尺図ではなく、曲輪の数・形状が少し違っているので城跡に入るとより大スケール感が味わえます。
 城跡は大きく、南の登城口から入り、北に伸びる東ゾーンと、東ゾーン主郭から堀切を挟んで西に伸びる西ゾーンの曲輪群に分けられます。東ゾーンはまず、南の登城口に巨大な馬蹄形状の山谷を曲輪群としている区画を全面に出しています。周囲に竪堀を配して防備を固めています。馬蹄形の中にもアーチ状に段曲輪にしていて全面巨大曲輪になっています。北に向かって段曲輪になっていて、最高部に東ゾーンの主郭があります。北側に土塁があります。東ゾーン主郭の北東部に腰曲輪があり、その遙か下部に腰・帯曲輪があります。上からはちょっと降りられない急峻な切岸で防御の高さが分かります。
 西ゾーンは主郭を中心に主郭西側に巨大2重堀切を備え、堀切の北側に畝状竪堀群があります。ここら一帯の防御遺構はスケールがあり圧巻の見応えです。V字堀切はこれまで見てきた中でもトップクラスの巨大さでした。主郭・副郭・主郭北側の腰曲輪の各々の曲輪は大きく、切岸が明瞭に残っていて下段の腰曲輪から主要部を見上げると、要塞感たっぷりでした。
 中規模の山城が2つ分程ある大城郭で、全体の縄張りでは「亀」というよりは「大角を持った闘牛が首を下げて向かっている」ようなイメージの戦闘力の高い城跡でした。見応え十分、お勧めします。

<満足度>◆◆◆

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しんちゃん

高橋紹運 (2025/02/23 訪問)

岩屋城は立花宗茂の実父・高橋紹運が763名の兵士と共に島津氏の大軍と戦ったことで有名な城です。主郭は整備され周囲の眺望は良好、大宰府も良く見えます。梅の時期の影響か、周囲の渋滞がひどかったですね。
主郭以外にも堀跡などの遺構は残っているようです。道沿いの階段を降って行った先に高橋紹運らの墓所がありますが、そこも城域に含まれるのかも、堀切らしきものもありました。

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しんちゃん

宇喜多直家 (2025/02/22 訪問)

乙子城は神社に隣接する標高40mくらいの丘陵に築かれています。墓地や神社周辺も城址とすれば小規模ながらも複数の郭を備えているようです。本丸からは吉井川周辺の景色が良く見えます。
宇喜多直家が天文13年(1544)の赤松晴政との合戦にて初陣ながら軍功をあげ、浦上宗景により褒賞として任された城であるとされています。

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スミヤキ

名将隆景一代の城 (2025/01/10 訪問)

年明け早々の寒波襲来時、降雪の心配もしましたが、無事晴天に恵まれ、新高山城行って来ました。

JR本郷駅を下車、数百m先にある本郷生涯学習センターで続百名城スタンプとパンフレットをゲット。沼田川に掛かる本郷橋を渡って、山上が粗粒花崗岩剥き出し、威圧感抜群の新高山城大手道入口を目指します。概ね駅から徒歩でも30分くらいです。

大手道入口から、標高197.6m の山城頂上を土塁、石垣、曲輪跡を巡り、本丸まで30分かけて登ります。-3度の気温でしたが、額にうっすら汗もかきます。とても良く整備されていて案内板もあり、歩きやすいです。
このお城、12歳で竹原小早川家に養子に入り、18歳で沼田小早川惣領家を継ぎ、20歳で高山城対岸の砦を大改修して築城したそうです。若き名将の気概を感じませんか?
曲輪の削平がしっかりされていて、広い造りになっている印象を受けました。山上からの景観も抜群です。満足できました。
この後、下山して本郷橋に戻り、空港連絡バスで広島空港に向かい、帰路に着きました。アクセスが良いのも魅力です。

体力に余力のある方は、対岸に高山城も有ります。此方は、鎌倉時代から340余年の歴史を紡いだ、小早川家の本拠です。


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チェブ

「豊田城」を食べちゃいます。 (2025/03/01 訪問)

まずは一番最初に
朝田 辰兵衛さん、東京都のお城コンプリート、おめでとうございます。
お城の他に、キャリーを持っての移動やら、コインロッカーがなかった等の投稿、笑いながら拝読してます。
これからも、キャリーをコロコロさせての登城投稿、楽しみにしてます。

さてさて私は、「豊田城」の支城攻めをしてきたのですが、途中で寄った『道の駅 常総』で「豊田城」を食べてきました。
茨城県はメロンの生産が日本一なんだそうです。
『ぼくとメロン』というソフトクリーム屋さんの行列に並びました。
メロンソフトを買う予定でしたが、順番が近付くと、『ミルクソフトは豊田城のモナカつき』のポスターにはしゃぎ、ミルクソフトを所望しました。
違う意味で「豊田城」落城です。

『道の駅 常総』では御城印も買う事ができます。
どの支城も、ぜんぜん人がいなかったけど、道の駅は大賑わいでした。

イオさんの、お城めぐりとの出会い案件ですが、、、
なんと、妊娠がきっかけで日本史が好きになりました。
ドクターストップで仕事を辞め安静にしている時に、家にあるマンガや本を暇つぶしに読み、最後に旦那(大昔に離婚したので元旦那)の津本陽さんの『下天は夢か』を読み、はまりました。
子供も小さいうちは、一緒に巡っていたのですが、子供ファーストにしていると、お城からは遠のきます。
子供が大学生になる頃、私もやっとこスマホを持つようになり『城びと』に出会ったから、メジャーなお城以外も行ってみよう!と、飛び込み現在に至ります。


最後に
会った事のない、城びとオールスターの皆さんと『お城が好き』という共通点だけで、繋がれた事を嬉しく思います。

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しんちゃん

久能山東照宮 (2025/03/01 訪問)

QRコードを読むためだけに清水に来るのもアレなので、80の母を久能山東照宮に連れてきてあげました。齢80の母には東照宮の石段はなかなかきついですね。とはいえ、本人の希望なので仕方がない、気を付けて登ってもらいます。
拝殿の周辺が本丸なのだろうけど、良い具合に河津桜や梅が咲いています。こないだまで雪だと思っていたら一転、春の陽気です。ついていけん・・。周囲は断崖絶壁なので、拝観エリア外にうかつに入り込むと地上に真っ逆さまです。

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BUGTI

片上港を望む浦上氏の城 (2025/03/01 訪問)

麓から尾根までの道は急な道だが、良く整備されているのでありがたい。本丸の周囲はきれいに土塁で囲まれている。二の丸、三の丸のほか、たくさんの腰曲輪があるが、とにかく石がたくさん散らばっていて、もともと岩が多い山のようだ。一部に石積みも残る。一番の見どころは堀切で、岩盤をみごとに削り取っているが、どれほどの労力であったかと感心する。本丸や東出丸からは、片上湾を一望にでき、港を確保するに絶好の場所だったことがわかる。

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ぴーかる

朝田辰兵衛さん東京コンプリートおめでとうございます

朝田辰兵衛さん東京コンプリートおめでとうございます🎉
朝田さんは拠点が新潟なのに遠方の東京攻めは大変だったことと思います。お好きな武将上杉謙信になぞらえていますね。今年は雪が多いので移動と現地の積雪の状況が掴めず苦労しています。脳内8割お城で占めている(仕事1割(笑))我々にとって、城びと登録城の都道府県コンプも、残りをどう行って、どう完遂しようかとその方法を考えるのも一つの楽しみであります。
ますますの御活躍を祈念しています。

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トク

⑪【護佐丸と沖縄6城】(6)中城城(1/3) (2025/02/06 訪問)

最後6城目は「中城城」です。場所の都合上、勝連城から転戦しました。那覇から勝連城へ行ったバス[52]で今度は逆の那覇方向に乗り40分、途中の北中城村役場前で下車し、ここからコミュニティバスに乗り換えて登り坂を登る事10分、中城城に到着です。コミュニティバスは一日6本しかないので時間を確認されて行かれて下さい。バス停は勝連方面と同じ所にあり(写真①)、前払い200円です。もし急ぐ方は村役場でタクシーの電話番号を聞けばいいと思います。私は次のバスが来るまで1時間待つ事にしたので、村役場のきれいなトイレを借り、向かい側のコンビニでおにぎりを買い、村役場の裏の高台にちょっと登って、眼下にある普天間基地を眺めながら食べて時間をつぶしました(注:中城城は店など何もない所です)。

中城城に着いてからは、まず入口でチケットを買いスタンプを押すと(写真②③)、正門までの登り坂をカートで乗せて行ってくれます(写真④⑤正門)。ここから入口まで城内を散策しながら歩いて下って戻る事にします。正門から入った場所は1853年にペリーが訪れた場所で、ちょうど石垣の補修工事中でした(写真⑥)。私もペリーと同じ場所に立ち、同じように石垣を見上げてみました(写真⑦⑧)。この城壁にペリーはさぞかしびっくりしたでしょうね(笑)。

そして南の郭へ入ると、ここは礼拝所であったようです(写真⑨)。ちょうど菜の花がきれいに咲いていました。そこから首里の方角を眺めてみました(写真⑩)。護佐丸はここ中城城に居た時に、志魯布里の乱で首里城が焼け落ちたとの知らせを受けます。その時、同じようにここから首里の方向を眺め、琉球王国の行く末を心配していたのではないでしょうか?

次はアーチ門をくぐって一の郭へ入り、(2/3)へ続きます
 

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しんちゃん

犬小屋城 (2025/01/25 訪問)

尾張を代表する天下の三名城、犬山城・小牧山城・名古屋城・・合体させると「犬小屋」城になります。
いいのかニャ~?  ワンワン!・・ガブッ ニャギャ~ッ!!
それぞれ天守のありようが異なります。犬山城は現存天守で国宝、最古の天守とも言われ木曽川の眺めも最高です。アクセスも比較的容易で訪問もしやすいです。これらの城は私が城好きになったきっかけでもあります。ここまで来たら岐阜城まで足を延ばしていただきたいと思います。晴れの日の岐阜城からの眺めは格別ですよ。
小牧山城は史実と異なる模擬天守が建っています。以前は赤じゅうたんが敷いてあったので少しはマシになったのかな? 個人的には百名城に匹敵する城郭だと思います。
名古屋城は悲惨ですね。元々外観のみ復元した鉄筋コンクリートのビルだったのですが、木造復元にクレームがついて現状・巨大なオブジェです。どこの城でも危険な石垣は交換しているし、天守というのはエレベータを設置するのに一番 適していない形状をしているんですよ(そもそも鉄筋で作るのがおかしい)。
熊本城を見てきましたが、市のバリアフリー政策が暴走気味で、けっこう悲惨なことになっています。バリアフリーは大切ですが、城郭でそれを進めると城の本来の姿から、どんどん遠ざかって行くのが現状のようですね。場所を選ぶべきだと思います。

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todo94

三連休の攻城③ (2025/02/22 訪問)

豊後松尾城からの転戦です。佐伯市歴史資料館にて続100名城のスタンプと城カードをゲットしました。今まで佐伯城に来たときは泊を大分市にとっていたため、城も資料館も駆け足で巡っていましたが、今回は初めて佐伯市に泊をとりましたので、じっくりと資料館の展示を楽しめました。栂牟礼城、栂牟礼合戦の映像を見て、翌日の栂牟礼城再訪を決めました。毛利高政や大鉄砲の展示など、たっぷりと楽しめました。そして城の方も、北出丸に初めて足を伸ばして雛壇の石垣も拝むことができました。三の丸では御殿跡の発掘調査が行われていました。

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