神戸城址は、現在本丸部分が公園となっており、五重六階の天守を支えた天守台が残っています。丸みを帯びた川石が野面積みで積まれているのが特徴です。また、天守台の構造から見ると付け櫓がある天守だったようで付櫓から天守に入る構造であったと思われます。
また、本丸の周りにには堀の一部が残されておりますが、神戸城の縄張り図を見ると往時の堀と比べ随分と幅が狭くなっているように思われます。
神戸氏は織田信長の伊勢侵攻の折、信長の三男信孝を婿養子に迎え信長と和睦。織田信孝は神戸城の大改修を行い五重六階を擁する城を完成させています。信長公が本能寺の変で倒れた後は、兄の織田信雄によって信孝公は自刃させられた後、神戸城主は目まぐるしく変わり滝川雄利→一柳直盛→石川氏三代→本多氏と変わり明治維新を迎え廃城となっています。
他にも神戸城の遺構としては、江戸時代に建てられた?鐘楼が蓮華寺に残っているそうですが、次回神戸城を訪問する際に見学したいと考えています。
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