続日本100名城

からさわやまじょう

唐沢山城

栃木県佐野市


旧国名 : 下野

投稿する
唐沢山城
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

ふゆづき

真夏の唐沢山 (2022/07/02 訪問)

上杉謙信をもってしても落とすことが出来なかった唐沢山城を訪問しました。
今回は、車での訪問となり、登城途中ではかなり狭い処もありましたが、唐沢山神社参拝用兼城内見学用の駐車場は100台程度の駐車が可能と思われるほど広く、祭礼の時期などでなければ問題無いと思われました。(僕は佐野ICから行きましたが駐車場まで30分はかかりませんでした)
登城に望むと、先ずは食違い虎口があり、 四目堀、 大炊の井戸を見ながら、三の丸、二の丸方面へ進みます。
二の丸から本丸に上がる途中に唐沢山神社の社務所があり、そこで御朱印と御城印を入手できます。本丸の周囲には有名な高石垣が巡らされておりますが、これは上杉謙信の攻城の際には築かれておらず、その後に築かれたとのことです。
石垣には加工された石は使われておらず、野面積のように感じました。
現在本丸を巡る一部の石垣は修復作業が行われており、 南側の石垣にはアクセスできない状態となっておりました。
本丸の比高はそれほどではないように思いましたが、何分眼下には平野が広がっているため、天気さえ良ければ随分遠くまで眺望が開けているように思いました。
関東では、笠間城と並んで石垣が用いられた珍しい山城ですが、雰囲気も良く、遺構もキチンと整えられていることから、気軽に近世の山城の雰囲気を楽しむことができるように感じました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

おっちゃん

唐沢山城跡案内図 (2017/02/19 訪問)

現地案内板より抜粋。

+ 続きを読む

AJ

愛が試されるとき (2022/05/03 訪問)

誇大広告か、言葉の綾かーー。「名城」が乱立する昨今、ややミスリードな推し文句が流布しやすいのも事実。地元愛、大いに結構。と同時に、それに感化されすぎず、現場で見極める「城愛」もまた肝要かと。

葛折を上ること240m超。唐沢山城(栃木県佐野市)は、山頂に本丸を中心とした主郭部を築き、全山に曲輪を配置した堅城。城主・佐野氏は上杉謙信の侵攻を何度も受けながら、最後まで生き残りました。

まれに謙信が「10回攻めても落ちなかった」という記述を見かけますが、これは明らかに誇張で、実際は複数回攻め落とし、残りの数回は積雪で自ら引いたといいます。降伏・開城・裏切りを繰り返す佐野氏側を許し続けた謙信の、当時としては一風変わった人柄が見え隠れするエピソードかもしれません。

遺構の保存状態は良好。過度な宣伝文句に頼らずとも、城好き・歴史好きを十分満足させることができそうです。中でも見所は本丸南西の高石垣。南局の西側に約40m続いており、高さは8mを超えます。

もちろん、この石垣のために謙信が攻めあぐねた、と早合点しないように。実際に佐野氏が築いたのは豊臣秀吉の小田原攻めに協力した後のこと。おもに西日本で導入された技術を用いたため、土造りが主流だった関東では極めて珍しい遺構となっています。時期的な要素を考慮すると、この石垣は実戦に備えたものというよりは、太閤との近しさを領民や近隣大名に見せるための示威行為に近いものではないでしょうか。実に興味深い。

城跡へのアクセスは、路線バスがないため、タクシーやマイカーなどで(駐車場完備)。脚で攻めるなら東武鉄道田沼駅から徒歩約40分(試しに帰りは駆け下りてみましたが、20分程度)。現在、本丸跡には唐沢山神社本殿があり、城跡とは知らずに訪れる家族連れも多いようです。夏場も安心して行ける山城遺構です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ホリタカ

高石垣が立派 (2022/05/06 訪問)

田沼駅からタクシーで唐沢山レストハウスへ。そこから神社を攻略。帰りは徒歩で40分くらいで田沼駅です。

+ 続きを読む

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 延長5年(927)
築城者 藤原秀郷
主要城主 佐野氏、後北条氏、大貫氏
文化財史跡区分 国史跡(唐沢山城跡)
近年の主な復元・整備 佐野成俊、佐野盛綱
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切、井戸
住所 栃木県佐野市富士町1409
問い合わせ先 佐野市観光協会
問い合わせ先電話番号 0283-21-5111