江戸初期に徳川家康が熱田台地の北西端に天下普請により築いた城で、御三家筆頭・尾張徳川家17代の居城となりました。明治には陸軍省から宮内省に移管されて名古屋離宮となり、昭和に名古屋市に下賜されて天守や本丸御殿などは旧国宝に指定されましたが、名古屋大空襲により焼失…。戦後、天守がSRC造で外観復元され、本丸御殿も平成30年に図面や実測図に基づき忠実に木造復元されています。
名古屋城、初登城です。前々から行ってみたいと思いつつも、以前の名古屋城まつりで現存櫓3棟が同時公開されたことがあり、どうせ行くなら3棟全部に入ってみたい! と思って機会を窺っていましたが、ここ最近は1棟ずつしか公開されておらず、これではいつまで経っても行けないかも…と特別公開は後日の楽しみに取っておくことにして、ようやく登城の運びとなりました。
名古屋城近くの駐車場から折りたたみ自転車で登城開始。開門までまだ少し時間があるので、まずは城下町を散策するとしましょう。
名古屋東照宮(名古屋市中区丸の内)
徳川義直が父・家康を祀って三之丸に創建しましたが、明治に現在地に移されました。往時の社殿は戦災で焼失し、現在の社殿は義直の正室・高原院春姫の霊廟が建中寺を経て移築されたものです。江戸後期のこの地には藩校・明倫堂が設けられていて、境内の一角に石碑と説明板が立てられています。
横井也有宅跡(名古屋市中区丸の内)
横井也有と言われてもピンとこない人(私)でも「化け物の 正体見たり 枯れ尾花」と詠んだ人と言われれば「ああ!」となりますよね。尾張藩の重臣だったんですか。屋敷跡には名古屋城築城前からあると言われるムクノキが立っていて、その下には小さな金明龍神社が祀られています。
桜天神社(名古屋市中区錦)
織田信秀が北野天満宮から菅原道真の木像を勧進して那古野城内に祀ったのが始まりとされ、桜の大樹があったことから桜天神と呼ばれています。かつてこの地には城下に時を知らせる鐘楼が建てられていましたが、明治に廃され参道の入口にミニチュアの鐘楼が設置されています。
札の辻(名古屋市中区錦)
本町通と伝馬町筋の交差点には伝馬会所や飛脚会所が設置されて、名古屋の交通の基点として多くの人が往来し、高札場が設けられていたことから札の辻と呼ばれました。高札場は現存しませんが、交差点の北西側に伝馬会所 札の辻の説明板が設置されています。
…と、この辺で開門時間が迫ってきたので、城下町めぐりは切り上げて正門に向かいます。正門前の駐輪場に自転車を駐めて開門を待っていると、徳川家康の「開門!」のアナウンスに続いて筋金の施された門扉が厳かに開かれました。電子チケットを買ってあったのでこの日3番目での入城です。最初に向かったのは本丸御殿。西南隅櫓も空堀も東南隅櫓も横目に直行した甲斐あって本丸御殿にはこの日の一番乗りでした(続く)。
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