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スミヤキ

東の高尾山・西の金剛山 (2025/01/31 訪問)

東の高尾山に対し、西の金剛山と呼ばれ、年間登山者数100万人超と関西随一の人気を誇る金剛山の中腹に千早城は、あります。

登山口になる金剛山「山の豆腐」の駐車場を利用、百名城スタンプをゲット(99城目)。登城ルートを聞いて、ご褒美の
おから豆乳ドーナツ、豆乳パンを購入して、出発します。
金剛山登山道を進み、途中千早神社の裏参道ルートに入ると15分程で千早神社(千早城二の丸)に着きます。神社、霊山など聖域特有の静寂で張りつめた空気を強く感じ、聖地巡礼と言った方がしっくりします。平日のお昼頃だったのですが、登山道では多くの人達に遭遇しましたが、境内に入ると本当に静かで人が訪れた気配が無く、前日か朝方の降雪がうっすらまだ残っていて、そのコントラストにとても驚きました。

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しんちゃん

天守台 (2025/02/23 訪問)

久々に福岡城にやって来ました。ここ数日、せわしなく走って来ましたが、少し余裕が出てきたので幾つか城攻めが出来るようになりました。せっかく九州まで来たのだから熊本城に行く前に福岡城にも寄りたい・・
11年ぶりに来た福岡城はやはり広いです。でも祈念櫓が無くなってしまったので本丸周辺が少し寂しい。とか言ってると天守台になにやらありますね。ミニ天守? いや、足場にパイプを組みつけた天守風の仮設工作物です。ライトアップして花見でもするのかな・・? 現在は天守台の中には入れないので周囲から足場をパチリ。
やっぱり天守閣が欲しいんだろうな・・CGで見る復元天守はかなりカッコいいんだけどな・・。

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しんちゃん

祈念櫓 (2014/01/06 訪問)

写真は11年前のものです。いささか古い写真になりますが、この頃はまだ本丸に祈念櫓があったんですよ・・現在は石垣補修工事に伴い解体されています。かつては本丸東北部の鬼門を守っていたんですよ。
福岡城はとにかく大きな城で、まさしく巨城という言葉が良く似合います。でも主要な建物が無いので、縄張りがわかっていないと、どこに向かっていいのか分からない。福岡市や市民の方が天守を欲しがる気持ちは良くわかりますが、どうなることやら。

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しんちゃん

見事な堀・石垣 大大名にふさわしい城郭 (2025/02/22 訪問)

久々の岡山城です。この日の前日は某アプリで一日に209城攻略して「独眼竜」の異名をゲットしています。攻略時間は23時間とちょっと・・ほとんど休んでいません。かなり手ごわい相手がいたので、ここまでする必要がありました・・負けるの大嫌いなんですよ。
0時を回って瀬戸大橋を越え岡山のパーキングでしばらく休憩・・岡山城攻略に向かいます。
街中を市電が走っています。私の地元・豊橋にもいるし、広島でも走っています。けっこう市電が現役の街は多いです。すこし嬉しくなります。線路わきの西丸西手櫓の脇を市電が通過していくのでパチリ。信号待ちの間に良い写真が撮れました。
岡山城は旭川沿いに築かれ立派な堀と石垣を備えています。宇喜多・小早川・池田の歴代城主により整備され、最大57万石の格式に相応しい城郭となっています。アプリを見ると宇喜多秀家・小早川秀秋ほか数名が見つかっています。秀秋のステータスは・・低い・・低すぎて使い道がない・・これが世間一般の評価なんだよな・・。

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しんちゃん

足守陣屋 (2025/02/22 訪問)

岡山市北区足守にある足守陣屋は城びとの城ではありませんが、城下町(陣屋町?)を含めてなかなか風情のあるところです。
足守藩祖・木下家貞は北政所「ねね」さんの兄君で、元は杉原姓を名乗っていましたが、妹婿の秀吉の出世に伴い木下姓を名乗るようになりました。小早川秀秋の実の父君でもあります。
関ヶ原の合戦の際 家貞は中立を保ち、妹である北政所の警備に努め、家康により足守2万5千石に左遷されました。家貞は領地には入らず出家して京都に居住したそうです。一時幕府により所領を没収されますが大阪夏の陣の後、木下利房が再び足守藩主に任じられ明治維新まで続きました。
陣屋跡には堀と石垣が残り,公園として往時の雰囲気を残しています。

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dougen

2019.7.20登城 (2019/07/20 訪問)

住宅地の一角に加納城址があります。
市の史跡に指定されており、石碑や案内板が設置されており、
遺構としては、土塁や空堀がわずかながら確認できます。
周辺は宅地化されていますので、残っていることが奇跡的かもしれません。

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カズサン

【三河 梟ヶ城】愛知県豊田市 見晴らし絶景・展望台在り (2025/03/01 訪問)

 松平城山城初登城、周辺を調べると近くに梟ヶ城址・展望台が有り比高も低く寄って初登城。

 住所:愛知県豊田市鍋田町下タカウ田
 駐車場:無し、松平城山城そのまんま公園駐車場を同じく利用。
 参考資料:城郭放浪記さん、余湖図コレクションさん、グーグルマップに依る。

 松平城山城を終えて、北方向へ約900m程に在る梟ヶ城址・展望台を目指す、駐車場から北の教恩寺南下に「梟ヶ城址・展望台」の案内表示が有り30m登城口と、アスファルト舗装道を約850m北に登る、車は通行禁止、途中に400mの案内表示、分岐点に祠が祀って有る、200m標識案内、アスファルト舗装道が終わり、コンクリート製の丸太階段、階段下から覗くと上部に巨岩が見えて城址の存在が分かる、疲れた足腰を奮い立たせて階段を一歩一歩登る。
 巨岩が登城路間に在り、出曲輪枡形虎口の折れ城門の様、大手道階段を登って、梟ヶ城址案内板、展望台が主郭に在る、単郭の様です、展望台の下にパノラマ図、主郭先端で眺望する。微かに伊吹山の山影が見えるが霞んで良くは判らず、名古屋中心ビル街も描かれているが良く判別できず。
 展望台に昇ったが見晴らしは主郭先端からが良い、素晴らしい絶景の写真を撮ったのですが霞んで良く判明せず写真投稿は控えました。
 先端の北東下にやや帯郭らしき箇所あり、搦手階段からは北側に降りる登城路が巴川の在る王滝町に繋がってる。
 案内板によると歴史は記録が無く良く分からないと、梟ヶ城の名称は、夜に梟が鳴き敵襲を防いだとの云われに由る。
 
 往復約50分の登城でした。
 松平城山城そのまんま公園駐車場帰りましたら車の数が30台近く朝は3台でしたが、そのほとんどが岩登り愛好者、梟ヶ城上り下り中にも大きなマットレスを背負ったロッククライマー複数人と行違いました。
 大給城、松平城山城、梟ヶ城では城探訪よりロッククライミングが主流の様です。
  

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にのまる

トクさん、ありがとうございます。

【1問目】
写真中央の猿🐒
正解です!
↓拡大写真を添付します。
木がワサワサ揺れる音がしたので見たらお猿さんが揺らしていました。場所は佐土原城です。

【2問目】
大分府内城、正解です!
動物は…いるんですよ!石垣のところに!!

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朝田 辰兵衛

赤い城さん,祝辞&クイズありがとうございます。

赤い城さん,祝辞&クイズありがとうございます。
クイズの画像は,八幡塚砦の立入禁止エリア(六郷神社北側と六郷幼稚園までの間)ではないでしょうか…?
奥にブルーシートが両サイドに見えるので,たぶん。
先日,チラ見しましたが,写真撮影はしておりませんでした…<泣>。しかし,こんなアングルでは撮れなかったような気が…。
立入禁止区画が変更されていたのかな…?

todo94さん,祝辞ありがとうございます。

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ryu

伏見桃山城 (2025/02/13 訪問)

二条城探訪後、地下鉄~近鉄で桃山御陵前下車。御香宮神社お参りし、表門(伏見桃山城大手門)を見て、御花畑山荘という曲輪跡に建てられた模擬天守を見て、指月桃山城の石垣遺構を見る

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ryu

二条城 (2025/02/13 訪問)

東南隅櫓、東大手門、番所~唐門~二の丸御殿~二の丸庭園~桃山門~南仕切門~西南隅櫓、土蔵~本丸櫓門~本丸、天守台~西橋~北中仕切門~鳴子門~北大手門~展示収蔵館~外堀(東南隅櫓、南門、西南隅櫓、西門)と見て回る。
2月、春節後の平日は観光客も少なくて狙い目かと思ったが、混んではいなかったが、時折霰も降って寒かった。所要約2時間。

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トク

にのまるさんクイズ

辰兵衛さんがギブアップしたので、また横からすいません。

(1問目)
場所はわかりません。
真ん中の枝に猿らしきものが座っているような・・・

(2問目)
大分府内城でしょうか?
小学生の時に遊んだ場所に似ているような・・・
動物はわかりません。

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todo94

三連休の攻城④ (2025/02/23 訪問)

遅ればせながら、朝田辰兵衛さん、東京都コンプ、おめでとうございます。私の方は、今年コンプを達成できそうな都道府県はございません。地道に城めぐりを重ねていけたらと思います。

さて、天皇誕生日の日曜日、値上げ前のホテルAZにて無料朝食をいただき薄暗い中、朝駆けで用来城へと向かいました。城郭放浪記さんのホームページの記載を読み、麓にお住まいの方の倉庫の裏からの登城ではちょっと早朝の登城は無理かなと端からあきらめていました。零汰さんの投稿を事前に拝見しておけばよかったと深く反省しております。登城口の写真まで投稿されていたというのに。

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赤い城

朝田さんおめでとうクイズ🎉

遅くなりましたが東京都コンプリートおめでとうございます㊗️
クイズはスルーで、とのことでしたがお祝いをスルーできません(笑)
にのまるさんクイズもギブアップとのこと(私もわかりません)なので不完全燃焼かとも思い1問。

東京都、寺社仏閣廻りのどこかです。

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カズサン

その他の曲輪・堀切ー3/3 (2025/03/01 訪問)

 曲輪1・2・3辺りー2/3の続きです。

 沢山写真を撮りましたので先端の曲輪より順に曲輪6・5・4、曲輪1北の出曲輪1・2の堀切、切岸、土橋、石積の写真を投稿します。(曲輪の番号は余湖図コレクション俯瞰図の曲輪番号に依ります)
 本日は浜松を朝早く立ち東海環状豊田松平IC経由三河未踏の松平城山城・大田城を初登城。

 今回の企画では松平城山城周辺の未踏の城、陣屋を訪ねて、もう一つの未踏の城「安城古城」を目指す城廻でした。
  

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カズサン

曲輪1・2・3辺りー2/3 (2025/03/01 訪問)

 巨岩が城門の如しー1/3の続きです。

 巨岩が城門の洗礼を受けて南東尾根を降って登って土橋の様な尾根道が曲輪群の先端、浅い堀と切岸、余湖図コレクションの俯瞰図では曲輪6・5・4と続き各曲輪間に堀切、曲輪4と2の間は大堀切で曲輪2の出曲輪が主曲輪の虎口に成っており、虎口横に石積が残って居る、主曲輪は西から曲輪2、曲輪1、曲輪3と繋がり、各曲輪間は土橋と空堀が施されている、先端の曲輪3の南東下には堀切と土塁、曲輪1の北下の尾根筋に出曲輪1、2と続き曲輪7に至る、出曲輪1と2は虎口があり土橋と堀切で守ってる、虎口側には石積の残存がある。
 唯一案内板?説明板が曲輪1の巨石下に在り「城山城址、別名:大田城 H22.8」と読める。
 中は灌木と落ち葉で充満しており歩くとサクサクの音が心地よいが歩きずらい。
 松平城山城の名称はグーグルマップ、城びとが使用、城郭放浪記さんは大田城を採用、余湖図コレクションは豊田城山城を使用しています。
 歴史的にはここ松平郷ですので松平氏の城、3代当主松平信光と言われているが松平氏の勢力範囲内の事には違いない、岩津城、安城へと南進した。
 
 その他の曲輪・堀切ー3/3に続く。
  

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とばつびしゃもん

6つの郭をもつ連郭式の城 (2025/01/02 訪問)

14年ぶりの登城。専用駐車場から登城開始。
入城券売場前から無料のカートで正門前へ運んでくれる。正門から城内へ。
西の郭には進めない。一の郭の石垣補修を見ながら南の郭へ入る。ルートに沿ってアーチ門を通ると正殿跡のある一の郭、さらにアーチ門を入ると二の郭。緩やかに曲線を描く石垣に囲まれていて、石垣の内側にある武者走を歩くことができる。
北の郭では石階段を下りた先に大井戸が見られる。三の郭に寄ってアーチ門の裏門を出る。
座喜味城と同じく名築城家護佐丸が築いた城。一、二、三の郭の石垣が同じ方向に凹む姿は面白い。90分の攻城。

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カズサン

巨岩が城門の如しー1/3 (2025/03/01 訪問)

 三河に未踏の城が2城有り1城目松平城山城に初登城、山頂曲輪群手前の巨岩が城門の様な役割をしています。
 
 駐車場:松平城山城そのまんま公園駐車場を利用、奇麗なトイレ完備、大型車駐車出来る大駐車場。
 参考資料:余湖図コレクションさん城郭放浪記さんグーグルマップに依る。

 城に関する案内板は無く下段駐車場に王滝渓谷案内図がありその中に現在地の上に城を表す天守台石垣が有るが城名表記は無く少し不安になる、登城口標識も無く、同駐車場利用の方に聞くが分からず、川向こうの集会所地元の方に聞くが不案内、よく聞いて確認するとどうも城は有る、そのまんま公園に行く車道の横の丸太階段を登って行くらしいことが判明。ちなみに駐車場利用は岩登ロッククライミングの方がほとんど。
 
 丸太階段を南東方向へ登って行くと木々にピンクテープが縛って有り登城路を表してる、程なく登って行くと巨岩が林間越しに見える、大岩巨岩が聳えてる群がってる、大給城の様な巨岩です川を挟んで北と南ですから岩石構成は似ているのでしょう。
 手前に岩が屋根のように覆った隘路が有り巨大岩石の城門の様、少しピークの巨岩石群は二重の折れがある枡形虎口の様子、そこを過ぎると降りに成り曲輪群に至る。
 素晴らしい巨大岩石の構造物を堪能し記憶に残る城跡に成りました。

 曲輪1・2・3辺りー2/3に続く。
 

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朝田 辰兵衛

にのまるさんのクイズは,ギブします。

しんちゃんさん,ぴーかるさん,チェブさん,祝辞ありがとうございますm(__)m

にのまるさんのクイズはムズくて見つけられません。ギブということで,お願いします。

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T-Shionoya

石材で装飾された鳥羽山城 (2024/12/29 訪問)

「100名城・続100名城に負けない名城」の記事で知り、昨年末に二俣城とセットで訪れた静岡県浜松市の鳥羽山城。

天竜川が山地から遠州平野へ流れ出るポイント。
嘗ての二俣川の合流点で、その二俣川を挟み二俣城の対岸に位置する比高約60mの鳥羽山に築かれた城。
東西に長い鳥羽山は3つのピークそれぞれに遺構が存在するようだが、明瞭な形を残すのは西のピーク。

1560年の桶狭間の後に二俣城の関連施設が置かれたかもしれないが、1575年には徳川家康が武田信玄に攻略された二俣城の奪還に鳥羽山を本陣としたとのこと。そのため本格的な整備は1576年以降の可能性が高く、1590年に堀尾氏が浜松に入ると石垣を導入した迎賓機能のある領主の居館的な施設に改修されたと推測される模様。

現在は鳥羽山公園として整備され、南の丸が駐車場になるなど改変も多いようだが、本丸は土塁と石垣に囲まれ門跡を残す国指定史跡の城跡。

訪問時は二俣城西の丸から天竜川の堤防を通り鳥羽山の北西部から遊歩道で本丸へ。遊歩道の入口付近では枡形のようなものを含む小規模な石積みが見られたが、後の時代のものでしょうか。
周囲の曲輪と比べて本丸だけが広く、大手門と東門は石垣の下部に排水用の暗渠があるなど先進的な印象。
堀切や枡形虎口の形態が見られるものの、公園化の影響なのか先入観のためなのか、石垣の表情が優雅に感じられた、私の城郭巡りの194城目でした。

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