大可島城から車で45分くらいで、猫地蔵登城口(34.547246、133.266522)に着きました。
左足首軽い捻挫状態の自分にとって本日最初の難関(山城)です。湿布薬の状態を確認し、いざ登城です。
この城は戦国時代に芦田川を挟んで反対側にあった亀寿山城を本拠地として備後南部に勢力をもっていた国人領主の宮氏や、相方城より南の地域(現在の福山市芦田町)を本拠地としていた有地民部少輔元盛(有地姓の3代目)によって16世紀前半には山城として整備されていたといわれていまする。
1552年(天文21年)に宮氏滅亡後は、有地氏が相方城を支配の拠点としていましたが、有地氏も毛利氏によって出雲国に移され、その後は毛利氏の直轄城となりました。
毛利領の東方備えを目的とした近世城郭として整備が進み、山頂付近に空堀や曲輪群などの城郭が築かれ、打込接の総石垣が築かれた部分もあったようです。
また瓦葺の櫓や城門も建造されており、中世城郭から近世城郭への過渡期の山城ともいわれています。関ヶ原の戦い以後に廃城となりました。
城門や櫓はふもとの戸手(現在の福山市新市町戸手)にある素盞嗚神社に移築されました。
伝相方城櫓と呼ばれた櫓は1970年代に焼失しましたが、現在も移築されたとの伝承のある城門2門が現存します。
猫地蔵登城口から登城しましたが、道路はとても歩き易く左足首に大きな負担はかかりませんでした。
主郭のテレビ塔付近で工事してました。主郭手前付近に車2台止まってました。
立派な石垣の城です。投稿枚数の都合で投稿しませんでしたが、登城路や西側郭にも石垣が見れました。
2つの移築門が残っている素盞嗚神社へは、桜山城攻城後、高越山城へ向かう途中で寄りました。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=桜山城に向かいました。
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