出雲市駅でレンタカーを借り、そこから車で50分弱で大森代官所前駐車場(35.121741、132.448240)に着きました。
石見銀山資料館(いも代官ミュージアム)(35.121878、132.447970)はすぐ近くです。
大森代官所は、1601年(慶長6年)に幕府代官大久保長安によって築かれました。
1600年(慶長5年)に関ヶ原の合戦で勝利した徳川家康が、毛利輝元の領国であった大森銀山を天領としました。
翌年に大森代官所を設けて、石見一国(後に石見東部三郡)と大森銀山を支配させました。
石見銀山は幕府直轄地で、江戸時代の当初から代官が派遣された。初代代官は大久保石見守で、幕末の代官・鍋田三郎右衛門まで59代が務めました。
幕末の1863年(文久3年)尊攘過激派が五條代官所、生野代官所を襲撃し、1866年(慶応2年)第二奇兵隊が倉敷代官所を焼き討ちしました。
各地の代官所が尊攘派の標的になっていた折、幕長戦争で浜田藩が敗走したため鍋田三郎右衛門は代官所から逃げ出しました。
そのため、長州藩は労せずして石見国を掌中に治め、この長州藩による石見支配は1871年(明治4年)の廃藩置県まで続きました。
大飢饉の際、サツマイモ(芋)を普及させて人々を救った代官=井戸平左衛門の功績から、いも代官と云われているようです。
攻城時間は10分くらいでした。次の観光先=石見銀山関連施設を見学する為、レンタサイクルを借り、まずは龍源寺間歩へ自転車で向かいました。
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