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スミヤキ

ファーストコンタクトが大切です。 (2025/01/31 訪問)

標高583m 、高取山の頂きに築かれた高取城、日本三大山城の一つでとても行きたかったお城です。このお城を百名城スタンプ制覇のオーラスに決めて、ついに念願の登城となりました。

巨大な近世山城を如何に楽をして本丸まで登るかが、自分に課した今回の重要なミッションになります。

お城EXPO2024の高取城ブースでいただいた地図(高取城之図)と城下の夢創舘(百名城スタンプ箇所)での情報から、壷阪口門のある、八幡口登り口を目指します。
車両2、3台を駐車するスペースがある所が入口で、車で八割、九割の標高を登って来た感があります。幾らも歩かない内に石垣群が表れ、程なく大手門、二の丸、修復された太鼓櫓と視覚に入り、どきどきとワクワク感が止まらない状況に陥ります。明治時代に廃城になってからの保存状態が良く、苔むした石垣がとにかく素晴らしいです。噂に違わぬ山城です。20分程で本丸にたどり着き、本丸虎口の石垣や天守台石垣、小天守台の曲線石垣など見ごたえ充分で満足感に満たされます。この最初に感じるどきどきとワクワク感が、堪らなく好きで、この感情を得るためのお城巡り、止められませんよね。今回は、体力的に消耗が少なかった為、更に楽しめました。おすすめのお城です。

百名城の登城完了の認定印も頂き、約七千名の仲間入り出来た事も嬉しいですね。

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しんちゃん

震災から14年 (2025/01/03 訪問)

東日本大震災から14年がたちました。本日も14時46分ごろに仕事先で黙祷を捧げましたが、改めて犠牲者の方々の冥福を祈ります。こればかりは誰しも他人事では無いですね。日本に住んでいる限り震災と無縁の地はほぼ無いでしょう。私の家も海のすぐ近くです。
年末年始、関東から東北を城攻めしている時に、石巻城に近づくにつれ、カーナビと周囲の地形が大幅に変わって来ていました。これはひょっとしてと、その時ようやく気づきました。TVでも見たことが有る被災地に来ていたんですね。かつて民家がひしめき合っていた場所は記念公園などに姿を変えています。震災の遺構として残された門脇小学校がとても痛々しいです。

石巻城は葛西氏によって築かれたとされ、現在は日和山公園と鹿島御児神社の境内になっています。眺望はとても良く、海やかつての街があった場所を見渡すことが出来ます。

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カズサン

【駿河 瀬名氏館】静岡県静岡市 瀬名氏館跡を訪ねて (2025/03/10 訪問)

 皆さんもご存じの余湖図コレクションによる駿河瀬名氏館の復元想像鳥瞰図をご覧に成った事でしょうが、私も前々から余湖図コレクションの瀬名氏館が気に成って居た所です、昨年の大河ドラマどうする家康放映中に家康夫人瀬名姫の築山殿絡みで史跡を訪ねてみたいと思っておりました。

 推定地住所:静岡県静岡市葵区瀬名2丁目32ー43(西奈複合施設)
 駐車場:同上住所の西奈複合施設(リンク西奈)裏手に駐車場有り、同駐車場を利用。
 参考資料:余湖図コレクションさん城郭放浪記さんグーグルマップに依る。

 余湖図コレクションの瀬名氏館鳥瞰図を見ると、曲線の本曲輪を左巻きに内堀・二曲輪が巻き込み外堀が北に廻り込み西、南、東に二曲輪が内堀と繋がる長方形館に感動を覚え、見たいものだと思いました、しかし屋敷地、住宅地に成っており遺跡遺構は無く成って居るようです。
 城域は西の長尾川と東に竜爪山稜(梶原山)の間の肥沃な地に築かれたようです。何か案内板解説板でもあれが良いのですが残念です。
 推定されている静岡市西奈複合施設(図書館・生涯学習センター・市民サービスコーナー)を訪ねれば何かあるのでは?と探訪開始、駐車場の北側が余湖図コレクションの指定マーク地、欅林が植わって小公園に成って居るが史跡標柱案内板は無い、駐車場西そばのが城郭放浪記さんの指定マーク地、屋敷民家が立ってい居るのみで標柱案内板は無い。
 探訪日が月曜日で図書館はじめ施設は休館日で閉まっておりお尋ねが出来ない。

 指定マーク地の確認を終えて北へ70mほどに史跡マークのある瀬名の郷倉と番屋が有り訪ねる、年貢米の瀬名村倉と同倉の番小屋で江戸時代の建物が市指定文化財として保存されている公開日は毎月第二土曜日午前中。
 戻って西奈複合施設より東に約150m程の梶原山西山麓に瀬名氏の菩提寺が有る、北側の龍泉院(静岡市葵区瀬名3丁目49-10)瀬名氏三代今川氏俊夫人の墓がある、急な参道階段下で参拝、駐車場は参道下に墓参り数台の参拝者駐車場が有る。
 龍泉院と山麓続きで南に100m弱に光鏡院(静岡市葵区瀬名1丁目38-36)瀬名氏初代今川一秀の墓と菩提寺、駐車場は山門下に数台の参拝者駐車場有り、山門横に梶原山への登山道ハイキングコース出発点が有り、横手に梶原一族いくさの跡解説板が大きく絵図入りで解説板が大看板で立っている、読みふけりました。
 更に南に約200m程で松寿院(静岡市葵区瀬名1丁目23-12)瀬名氏二代今川氏貞の菩提寺と墓がある、駐車場は無い。
 松寿院から南に約50m程に人工の弁天池が有り堤防沿いに桜並木、一部の河津桜が咲いていた、江戸の不忍池を模したのだとか、中の島には宗像三女神が祀られた胸形神社が鎮座してる。
 西に出て県道201号線(竜爪街道)を北に300~400m歩き駐車場へ戻る。
 
 頭脳内を膨らませた晴天の約1時間半の探訪でした。
 ちなみに瀬名氏と家康夫人瀬名姫こと築山殿とは関係は無いようです?
  

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しんちゃん

信玄公狙撃の伝説 (2025/01/18 訪問)

野田城は当城を攻めていた武田信玄が狙撃されたことで有名な城ですね。城好きや歴史好きはもちろん、特に城めぐりをしていない人たちの間でも認知度は高まってきていると思います。NHKなどの番組などでも何度か放送されているのではないでしょうか。
本丸には狙撃場所の標識があり、笛の名人・村松芳休の笛の音につられた信玄の耳に銃弾が命中したとされていますが、実際には定かではありません。延宝5年(1677)に作成された「菅沼家譜」には鳥居三左衛門が鉄砲を放った後、武田陣中が騒がしくなったとされていますが、後世の創作の可能性も示唆されています。実際の所はどうなのでしょうか?
城址は積極的な遺構の再現や整備などはされていないようですが、本丸周辺には見事な空堀が残っています。小牧・長久手の合戦の後に豊臣秀吉の来襲に備え徳川方が改修を施した可能性もありますね。
最期の2枚の写真は長篠城の近くの和食の店で取った昼食です。

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しんちゃん

お・じ・や (2025/01/18 訪問)

姫路城を特上の寿司、彦根城を高級懐石料理、名古屋城を矢場とんの味噌カツに例えるなら、長篠城は「おじや」ですね。
渋いな~、でも旨いんですよ。飽きることはないのでずっと食べていられます。おにぎりやお茶漬けでもいいですね。武田軍の築いた五つの砦跡、織田・徳川連合軍が築いた多数の陣所跡、地元に近いので何度も通って全部見ています。とはいえ、写真も古かったり、データフォルダの故障などで損壊したりしているので、落ち着いてきたら、また一回りしたいですね。
合戦場に近い設楽原歴史資料館では、「長篠・設楽原の合戦」に関する展示が充実しており、特に火縄銃などの展示が豊富に揃っていて、けっこう珍しい銃なども見ることができます。屋上に上がると、遠目に合戦場跡に設置された馬防柵を見ることができます。

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しんちゃん

馬防柵 (2025/01/19 訪問)

日本百名城で最も異彩を放つ城 それが長篠城だと思います。姫路城や岡山城の様な立派な天守は無いし、春日山城のような壮大な縄張りも有りません。徳川家康によって強化された土塁や堀は見ごたえがありますが、それだけでは・・
有名な長篠の合戦は武田軍と織田・徳川連合軍による長篠城の争奪戦ですが、実際の合戦は設楽ヶ原で行われたため「長篠・設楽ヶ原の戦い」と呼ばれることも有ります。長篠の名を残してくれてあるのは有難いですね。
合戦の跡地には武田の騎馬隊に備えた馬防柵があります。関ヶ原合戦場にも馬防柵はありますが、元祖・馬防柵は何と言ってもここでしょう。スケールの大きな歴史と意義、馬防柵の放つ臨場感、徳川によって強化された長篠城、周囲にびっしりと配された陣跡など多くの要素が相まって、長篠城を他の百名城に負けないものにしているのだと思います。
犬山城、名古屋城、岐阜城などのメジャーな城を見た後に、長篠城や合戦場跡地、周囲の陣所跡を巡って、大きな満足感を得ることが出来たら立派な城好きになっていると思います。城めぐりを始めたばかりの方は、もう少し足を延ばして古宮城や亀山城を訪問して欲しいと思います。新しい扉が開くと思います。

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小城小次郎

メリハリの効いた普請が秀逸 (2025/02/15 訪問)

本丸切岸が大きく崩落した東日本大震災から、こちらも見事な復活を遂げていた(3枚目は2012年当時)。深く刻まれた堀に目が行くが、枡形・馬出が効果的に用いられたメリハリのある普請は秀逸。近くに伝移築門もある。

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朝田 辰兵衛

団地化されています… (2025/02/23 訪問)

まずは,イオさん,東京コンプの祝辞,ありがとうございます。
todo94さん,青森コンプ,期待しております❢

青ヶ台城ですが,釜利谷赤坂公園から眺望する台地で,ピンの場所は住宅地になっています。
一番近い電柱番号をチェックしてきました。
 NTT…阿王ヶ台支線 左6/13
 東京電力パワーグリッド…赤井谷線 464
NTTの電柱番号から,「青ヶ台」が歴史の変遷により,「阿王ヶ台」に表記が変わっていることが読み取れます。こういうことを発見するのも楽しいです。

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ぴーかる

唐沢山城 (2025/01/11 訪問)

【続百名城72城目】
<駐車場他>唐沢山城跡駐車場数十台分無料駐車しました。
<交通手段>車

<見所>石垣・堀切
<感想>1泊2日栃木・群馬旅2城目。先に社務所にてスタンプ押印・御城印を購入し、スタンプ帳を車に置いて散策しました。土矢倉跡⇒鏡岩⇒大手虎口⇒天狗岩⇒大炊の井⇒四ツ目堀⇒南城跡石垣⇒三の丸跡・二の丸跡⇒高石垣⇒本丸跡⇒東方向の長門丸跡・金ノ丸跡・杉曲輪跡・北城跡を巡り終了した。時間の関係で全ての遺構を巡ってはいないが、中世に築城された城郭で、しかも関東では珍しい主要部の高石垣は圧巻の見応えでした。栃木県は百・続百名城が各1城づつしかないので、これにて栃木県の百・続百名城制覇。

<満足度>★★★

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駿府城

お堀の水位に注目!駿府城跡の四季の変化

駿府城跡天守台発掘現場のお堀の水位は、季節によって変化することをご存知ですか?
冬になると水が少なくなり、堀底まで見える状態になります。

梅雨時期の水量が多い時期と比べると、まるで別の場所のような景色が広がります。
さらに、水位が低い冬の時期だからこそ、普段は見えにくい昔の水位の跡をじっくり観察できます!
この時期だからこそ味わえる、特別な駿府城跡天守台発掘調査現場の風景を、ぜひお散歩がてら訪れてみてください。

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todo94

イベント前の攻城②前城編 (2025/03/08 訪問)

書写坂本城からの転戦です。砂利敷きですが、トラロープで区画が示された立派な駐車場が完備しています。案内によると登城口から前城まで20分所要とのことですが、私は7分ほどでたどり着くことができました。麓からも幟が見えるテラス状の郭が前城で、その上に三の郭があります。前城からは浅いながらもきれいな畝状竪堀が落ちています。犬走りから下に落ちている畝状竪堀群はもう少し深さはあるのですが、樹木が邪魔をしていて見栄えはあまりよくありません。ここまででも十分素晴らしい城なのですが、本丸となっている後城へと進んでいきます。(後城編へ続く)

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しんちゃん

真田氏と仙石氏 博物館と別館もオススメです。 (2025/02/15 訪問)

現在の上田城の縄張りは元和8年(1622)仙石忠政により築かれたものですが、城内には真田にかかわる伝承がいくつか残されています。
地元の人々の心情によるものでしょうか、仙石氏は忠政・政俊・政明と三代続いた後、出石に転封になっています。
櫓は冬季閉鎖中ですが、隣接する博物館は開館していて仙石氏や真田氏に関する展示がされています。特に仙石氏にかかわる展示が充実していて、甲冑なども多数展示されています。上田市立博物館の隣にある別館は真田氏にかかわる展示が多数あり、真田昌幸所要具足の展示も有ります。赤備えではありませんが、六文銭をあしらった甲冑は非常に恰好良かったですね。

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カズサン

日の入り前の西尾城本丸編ー2/2 (2025/03/01 訪問)

 日の入り前の西尾城二の丸編ー1/2の続です。

 太陽が沈みの頃西尾城に到着し二の丸から本丸へ、本丸丑寅三重櫓の北面は石垣を含めて樹木の伐採剪定が進み見える化景観整備が進んで居ます、内堀の北側から石垣、丑寅三重櫓の北側が大変良く見える様に成って居ました。
 本丸内部は夕刻日の沈み頃ですので樹木に覆われており暗く成って来ました、本丸内部の神社は修復工事中、本丸裏門から入り本丸表門から出る、資料館は閉まっており、資料館裏手より内堀の東側、本丸丑寅三重櫓の東面を眺める、二の丸鍮石門を潜って駐車場へ。
 本丸丑寅三重櫓と二の丸鍮石門の復元は平成8年にて今年で29年経過しています。
 天守閣の復元再建は何時に成るのでしょうか?生きてる内に見てみたい。
 3月1日、日帰り三河松平城山城からの城廻りは西尾城でエンドと成りました。
  
 3月8日より国道23号線が名古屋から西尾市、蒲郡市、豊橋市、浜松市へ無料で、新東名、東名が北側に偏っていますので信号のない準高速道路が貫通し愛知県南部が便利に成って来ました。城探訪にも益々便利に成って来ました。
 

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小城小次郎

震災の記憶 (2025/02/15 訪問)

2012年に訪れた際には土塁に大きな亀裂が入りベンチも傾いていたが、今ではそんな過去も忘れてしまいそうなくらい元の姿を取り戻している。でも土塁上の復興記念碑がきっと震災の記憶を伝えてくれるのだろう。
(写真は一枚だけ2012年当時のもの)

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しんちゃん

夢は果てしなく

「登録3,000城投稿コンプリート記念パーティ」・・いいんじゃないでしょうか。私も出て良ければ出たいですね。
皆で城びとコンプを成し遂げ達成感を共有する・・いいですね。
私はそのあとで単騎での3000城も目指したいと思っています。todo94さんなら出来るんじゃないですか? 私も後から続きます。
まずは車で行ける本州・四国・九州から・・北海道も車で行けたらいいのに・・第二青函トンネル作って欲しいな。
沖縄もあるなあ・・7年~10年で達成できるかな? 個人的にはあと500くらいあってもいいと思います。近場で行くところが無くなってしまったので。夢は追いかけている間が楽しいので、ずっと追いかけていたい。
3000城は10数年あれば達成できると思うので、いまから城めぐりを始める20代から40代の人がうらやましいです。何しろ城びと・ニッポン城めぐり・日本百名城・続百名城を一度に回ることが出来るわけだし、こちとら何回、同じ城を回ったことか・・

私の城めぐりのきっかけですが、愛知には近世城郭が5つもあり、特別史跡・国宝もあります。これらに長篠城・小牧山城・岐阜城を足して周遊しているうちに、城の魅力に取りつかれて来ました。城めぐりを始めたころから膝は良くなかったのですが、城を見たい一心で城址を歩いていたら、筋肉がついて山城にも行けるようになりましたね。

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todo94

城めぐりのきっかけ

本当に「遅れ馳せながら」状態で恐縮なのですが、私も城めぐりのきっかけ、投稿させていただきます。

小6の社会科の日本史にはまり、買ってもらった学研の図鑑「日本の歴史」に載っていた城の写真には魅せられていました。小6の時の木版画は図鑑の写真を見ながら、姫路城大天守を彫りましたし、中学美術のF6スケッチブックの余ったページにはこれまた図鑑の写真を見ながら、和歌山城天守を素描で描いたりしていました。長野県の大学に進学して、国宝・松本城に触れる機会を得、大学2年の研究室の旅行で松江城、大学3年の春休みに東北ワイド周遊券で弘前城・八戸城・会津若松城、大学4年の夏休みには北海道ワイド周遊券で五稜郭と松前城、大学4年の前期試験後の秋休みには北近畿ワイド周遊券で姫路城に足を伸ばしたりもしました。当時のワイド周遊券の学割は破格の低価格で、周遊区間は特急の自由席が乗り放題、経路の選択の幅も広くその往復には急行が使えました。北近畿ワイドの場合は、姫新線と因美線で鳥取にアクセスするというルートが許されていて姫路で途中下車できたのです。当時は、姫新線にも因美線にも急行が走っていました。

小学生のころから城好きの素養はあったのですが、職についてからは仕事だけで手一杯で時間も金もない若いころには遠出をするゆとりなんてありませんでした。40歳を前にして国宝天守だけは見ておきたいと一念発起、未訪の国宝天守・犬山城と彦根城に行きました。そして彦根城にて現存12天守の存在を知り、未訪の6城にも行こうと決意したことが私の城めぐりのスタートと言えるのではないかと思います。現存12天守コンプをかけた2000年の高知行き前に「竜馬がゆく」を読んで歴史小説にはまり、その後は、小説に登場した城にも足を伸ばすようにもなりましたし、200円で買った「城のしおり」に載っている全国城郭管理者協議会加盟の城にも行くようになりました。(現在、「城のしおり」は「日本の名城」の名で300円で販売されています。)そこで出会った竹田城の素晴らしさに触れて天守一辺倒の城めぐりから脱却することもできました。2007年4月に100名城のスタンプラリーがスタートした時には未訪の100名城は根室半島チャシ跡群のみでした。そして2017年の第1回お城EXPOに参戦して即「城びと」に会員登録させていただきました。鉄道の乗りつぶしやスタンプラリーに目がない私にとって、城びと登録城の制覇はまたとない目標となっています。にのまるさんご提案の「登録3,000城投稿コンプリート記念パーティ」、私も賛同いたします。鋸崎台場のように原発敷地の奥に所在していて立ち入ることができない物件をどうするかなど、コンプリートに向けての障壁は存在していますけれどもね。朝田辰兵衛さんの印象を裏切らぬよう、あと2年くらいで青森県はコンプしたいと思っています。大人の休日倶楽部パスを利用して北東北には頻繁に足を伸ばしておりますので。これからも末永く、城めぐりを楽しんでいきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

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よっしー

2026年3月1日から入場料が値上げ (2025/02/28 訪問)

2026年3月1日から入場料が値上げ大人1000円→2500円に成ります。
世界遺産であり国宝で有る。
2回の大修理を経て今に400年前の建築技術と歴史のロマンを感じる姫路城。
値上げ前に一度鑑賞してみてください。

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todo94

イベント前の攻城① (2025/03/08 訪問)

この日は夜にお楽しみのイベントがあるので、前泊ではなく、始発のしなので西下しました。11時に姫路駅前でレンタカーを借り受け、書写山に向かう前にここに立ち寄った次第です。空堀を確認するためだけの再訪でした。書写山ロープウェイが運休していたので、圓教寺再訪は断念いたしました。

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トク

秀吉の命で築かれた朝鮮出兵の兵站基地 (2025/03/09 訪問)

勝本城は、壱岐島の北部の勝本町の高台に位置し、180°海が見渡せる大変眺めのいい城です。

博多埠頭からジェットフォイル(写真⑦)に乗り70分、壱岐島南部の郷ノ浦港に到着。そこから10分程歩き、バスが出ている本町から勝本行バスに乗り30分、城山で下車するとそこが勝本城です(写真①)。本町のバス待合所では島内1日フリー乗車券(1000円)を売っているので利用するととても便利でした(写真⑧⑨)。

豊臣秀吉は、朝鮮出兵のための兵站基地(食料備蓄と渡海する兵の休息場所)として、平戸城主の松浦鎮信に4ヵ月で築城せよと命じます。鎮信は、五島純玄・大村喜前・有馬晴信などのオール長崎衆の助けを借りて、短い期間でしたがそれを成し遂げました。城の北側の大手門周辺は、見事な穴太衆が築いた石垣で積み上げられています(写真②③)。とても4カ月で築城したとは思えない規模です。また本丸は東西40m南北80mあり、ここに館が三つほど建っていたようで(写真④)、兵站基地にしては、かなり本格的な城だったようです。

その本丸に立ち、海を眺めてみました。眼下には勝本港が見えました(写真⑤)。北西(写真⑥)の水平線上には対馬が見えるはずですが、天気がいいのになぜか見えなかったのがちょっと残念でした。

【余談】壱岐高校
島のいたる所にはこんな垂れ幕やポスターで、もう大盛り上りです(写真⑨⑩)。来週18日から始まる春の選抜高校野球大会に、ここ壱岐島から「壱岐高校」が出場します。郷ノ浦港では私と入れ替わりで、ちょうど出発の激励会が行われていました。離島からの甲子園出場は、春夏を通じて初めてだそうです。秋の長崎県大会に優勝しているので、21世紀枠ですが実力はそこそこありそうです。また野球部員21人全員が壱岐生まれの壱岐育ち、この「壱岐っ子」たちがどんな野球を見せてくれるのか、私は楽しみです。
 

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にのまる

バスで行ったけど路線図見て感泣 (2025/01/22 訪問)

九州城めぐり旅5日目です。
鹿児島から志布志への行き方はいくつかあるようですが、
・鹿児島中央→(日豊本線🚃)→都城
・都城→(路線バス🚌)→志布志駅
で行きました。

都城→志布志のバスは直通もありますが時間的に途中で乗り換えとなりました。
2本とも他に乗客はおらず運転士さんと2人きり。googleマップで見ると感動するくらいの山の中で、地元の人間でもないのにここを運んでいただけるなんて!と感謝しきりでした。

志布志駅前の観光案内所で情報をいただいてから埋蔵文化センターへ徒歩で向かいました。そこで見たジオラマがものすごくて!今思い出しても感動がよみがえってきます。

志布志へ行ったら絶対に行きたかった志布志市志布志町志布志の志布志市役所志布志支所に寄ってから志布志城へ。

観光案内所の方に4つの城郭のうち見学できるのは松尾城と内城。ただ、内城の方は中野久尾まで行こうと思えば行けるけれど厳しめだと伺っていたので、無理はしないで本丸までにすることにしました。
はじめに松尾城へ。知覧城で見たのと同じシラス台地を掘削した空堀。しーんとした山の中を歩くのは慣れているはずですが、初めてのところはやはり緊張します。ビクビクしながら行って戻ってきました。
続いて内城へ。こちらには幟や案内板、散策コースマップがありました。初めは恐る恐るでしたが本丸に到着すると気持ちの余裕も出てきてじっくり観察できました。曲輪3下段、曲輪2上段の発掘調査の詳細な解説板に、ジオラマに違わぬすごいお城だったんだなぁと感動しました。

下山後は福山氏庭園に寄りました。昨夏大規模修復を終えたそうです。貴重なお話をたくさん伺えました。100年後の将来を見据えた修復という説明にお城の復元に通じるものがあるなと思いました。

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