新井城は相模湾に突出した断崖丘陵地に築かれていて北を小網代湾 東を油壷湾に挟まれており三方を海に囲まれた要害の地にあります。
三浦一族の本拠になりますが永正13年(1516)北条早雲(伊勢宗瑞)の大軍に攻められ、三年に渡って奮戦するものの一族の将 三浦道寸義同を始めその子荒次郎義意は自刃、他の将兵たちも討死もしくは油壷湾へ投身したとされ湾一帯が油を流したように血で染まったため後世「油壺」と呼ばれるようになったそうです(案内板による)。
城址は某施設の敷地内にあるため立ち入りはできずフェンス越しに遺構を眺めるだけです。土塁や空堀らしいものは見えるのだけど。
堅城ゆえに長きにわたって籠城出来たものの、その最期は壮絶であったようです。
+ 続きを読む










