やすだじょう

安田城

富山県富山市

別名 : 安田塁
旧国名 : 越中

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右曲輪へかかる橋と説明板
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みんなの口コミ

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赤い城

整備されすぎ感はあるが (2025/04/29 訪問)

隣接する安田城資料館の駐車場を利用。
朝早かったので資料館は閉まっています。
水堀にかかる橋を渡ると右曲輪、模型が設置されています。

さらに橋を渡ると二の丸、土塁に囲まれています。
二の丸と本丸の間にも土橋がかかり、本丸も高く幅広な土塁が囲みます。
登れるようになっていたので土塁上を一周、周りを囲む水堀を見下ろしました。
東側の井田川沿いには八重桜の並木がありますがすでに花の季節は終了。
南東側には雄大な立山連峰を望みます(晴れてたら)。

秀吉が佐々成政の富山城攻めのため築いた白鳥城の支城。
巨大な水堀に浮かぶ平城で、国史跡にも指定されています。
発掘調査の際に復元整備されたとのこと。
遺構は良好に残りますがちょっと綺麗過ぎかな?というわがままな感想でした。
【見どころ】
 ・井田川から水を引き込んだ水堀
 ・本丸の土塁

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しんちゃん

安田城 本丸 (2025/03/10 訪問)

安田城は天正13年(1585)豊臣秀吉が富山城の佐々成政を攻める際に本城となった白鳥城の支城として整備された城とされています。慶長2年(1597)前田利長が富山城へ入ると、家臣の岡嶋一吉と片山延高が始めに白鳥城へ富山城の支城として入り、後に安田城へ移ったようです。史跡は遺構が良好に残っています。本丸の土塁は登り口が付いて周遊できるので、再現された部分も多そうです。
水堀は基本的に繋がってるようですが、土橋で区切られた部分もあり、右郭周辺は良く水を湛えていますが、本丸と二の丸の間は湿地となっています。

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しんちゃん

晴れの日は立山連峰(たぶん)が良く見える。 (2025/03/10 訪問)

この日は日中は「城びと」として富山市の城めぐり、夜はニッポン城めぐりの城攻めで大忙し。翌日は体調が良くないです、当たり前ですね。24年度のランクをもうちょっとだけ上げておきたいので、少し頑張っています。
始めて3か月でランク30位ぐらいなら、まあまあでしょう。4月から始めていればトップ10は堅いと思うけど、一年間もこのアプリに振り回されるのもどうかなと思うので、これぐらいにしておきます。
安田城は以前も訪問したことがあるのだけど、少し薄暗くなってきていたので、改めてもう一度訪問したいと思っていました。晴れの日は立山連峰(だと思う)が借景として良く映えます。
城址の西側に隣接して安田城跡資料館があり(無料)ここに駐車することが出来ます。資料館では富山市の城址の出土品などの展示が充実しており、二階から安田城を俯瞰することが出来ます。資料館から土橋が伸びていて右郭から二の丸、本丸と渡ることが出来ます。
右郭は城址の西側に位置するのですが、本丸の南に虎口が付いていて、本丸から見て右手にあるから、その名称が付いたのではないでしょうか。京都市みたいですね。

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キンヤ

戦後時代の平城が復元された貴重な城 (2024/05/06 訪問)

井田川左岸に立地する戦国時代の平城です。天正13年(1585)、羽柴秀吉が富山城に拠る佐々成政を攻めた際、秀吉の本陣となった白鳥城の支城として築かれ、前田氏の家臣 岡嶋一吉が居城したとされます。

国史跡に指定され、発掘調査を元に復元整備されています。戦後時代の平城で復元された城は初めてで珍しいです。

本丸・二の丸・右郭の3つの曲輪の周囲は水堀がめぐらされ、本丸・二の丸は土塁で防御し、各郭の間は土橋・木橋で繋がっています。

本丸の土塁は幅広で高く、土塁上から二の丸・右郭を見渡せます。幅がかなり広く分厚い土塁で驚きました。

全体像が分かり易く、よく整備され水堀・土塁が綺麗で気持ちいい城でした。

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城郭情報

分類・構造 連郭式平城
築城主 岡嶋一吉
築城年 天正13年(1585)
主な城主 岡嶋氏(前田氏家臣)
廃城年 慶長年間(1596〜1615)?
遺構 曲輪、土塁、横堀(水堀)
指定文化財 国史跡(安田城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 富山県富山市婦中町安田
問い合わせ先 安田城跡資料館
問い合わせ先電話番号 076-469-4241