(続き)
本丸御殿は徳川義直の住居兼尾張藩政庁として建てられましたが、後に義直は二之丸御殿に移り、本丸御殿は将軍上洛時の御成御殿として改築されています。唐破風造の車寄を備えた玄関が正式な入口ですが、将軍専用のため我ら下々の者は中之口部屋横に設けられた玄関からの出入りです。靴と手荷物をロッカーに預けるとまずは玄関へ。玄関の一之間と二之間には金地に竹林豹虎図が描かれ、いきなりのきんきらきんに圧倒されます。続いては大廊下を戻って表書院へ。表書院は藩主の公的な謁見に用いられた建物で、藩主が着座する上段之間は表書院の他の部屋より一段高く、天井も折上式の格天井になっています。表書院北側の納戸之間を覗いたら今度は対面所へ。藩主の私的な対面に用いられた建物で、次之間は折上格天井、上段之間は二重折上格天井で表書院よりさらに格式の高い造りになっており、黒漆に金の飾金具が映えて息を吞む華やかさです。…と、ここまでが築城時の建物で、ここから先は三代将軍・徳川家光の上洛時に増築された建物になります。
鷺之廊下を抜けた先が将軍の宿所たる上洛殿(御成書院)です。上洛殿に足を踏み入れた途端「なんじゃこりゃぁあ!!」と心の中で叫んでしまいました。外周の廊下だというのに、天井は黒漆に金の飾金具の格天井で格子のひとつひとつに絵が描かれています。さらに各部屋(廊下も)の欄間には豪華絢爛な彫刻が施され、対面所も息を吞む華やかさでしたが、ここまでくるともはや開いた口が塞がらないレベルです。徳川将軍の権威、あるいは将軍を迎える御三家筆頭としてのメンツでしょうか。上洛殿も上段之間は二重折上格天井(折上部分にも絵入り!)になっていました。一之間や廊下の一部の格天井の格子には絵が描かれていませんでしたが、これも順次追加されていくんでしょうね。またの機会の楽しみにしたいと思います。
鷺之廊下まで戻り梅之間、松之間を覗いて(こちらは常識的な華やかさ)上御膳所へ。北奥にあった上台所で作られた料理を上御膳所で温め直していたそうで、御膳場には長囲炉裏と天井に煙出しがあります。御膳場の奥の上之間には将軍に供する御膳を置くための御上段が設けられています。将軍や藩主の目に触れることのない御膳所であっても、将軍の御膳を下に置くなんてことは許されないものなんですなぁ。上御膳所を出て、対面所北側の納戸一之間、二之間を眺めつつ下御膳所へ。下御膳所にも長囲炉裏と煙出しが見られます。そして中之口部屋に戻って本丸御殿をひとめぐり…ではなく、湯殿書院と黒木書院へはいったん外に出て湯殿書院前の出入口から改めて入ることになります(続く)。
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