文知5年(1189)河村四郎清秀が奥州攻めの軍功として源頼朝よりこの地に知行を得た際に築城したとされています。天文2年(1533)に三村家親が成羽に入ると拡大整備しました。城は標高320mの山頂に位置しています。高梁市立成羽小学校の裏にあるなりわ太鼓丸公園に登城口があります。倒木を越えなければいけない場所もありますが、登城路は概ね整備され案内標識も多くあり迷うことはありません。太鼓丸を経由して登って行き、途中で二の丸との分岐があります。いくつかの資料で二の丸と表記されていますが、出丸のような位置にあります。まずは本丸方面に向かい散策しました。本丸周囲には曲輪が展開し周囲には石積みが少し残っています。南側には二重の堀切、竪堀などがありました。西側にある竪堀群などは落ち葉の堆積もありわかりにくい状況です。近くには井戸跡と思われる場所もありました。
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