かつては諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城(すわのうきしろ)」と呼ばれていましたが、江戸時代初めの諏訪湖干拓事業によって水城の面影は失われてしまいました。しかし浮城の異名を持っていたことから日本三大湖城(松江城、膳所城、高島城)の一つに数えられています。維新後の1875年(明治8年)に天守以下の建造物は破却または移築されました。1970年(昭和45年)に本丸に天守・櫓・門・塀が復元されました。天守台の位置は同じですが、当時の外観の資料が不足していて正確に再建された訳ではないので「復興天守」です。
内部は資料館になっています(入館料310円)。また、城址公園としてはそんなに大きな規模ではありません。公園の外周をぐるりと一周しても歩いて10分程度です。池があり鴨や鯉がいますし、遊具もあって子どもの遊び場でもあります。訪れた日は大雨の翌日でしたが、公孫樹の銀杏がたくさん落ちており(ものすごい銀杏臭が…)、銀杏を目当てにマスク手袋、火バサミの姿で銀杏拾いに来ているおばあちゃんがいました。また犬の散歩をさせている近所の人も居て、市民憩いの場になっています。駐車場は高島城天守の下のところに10台位駐められますが、利用時間として1時間以内との掲示があります。
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