しかのじょう

鹿野城

鳥取県鳥取市

別名 : 王舎城、志加奴城、鹿奴城
旧国名 : 因幡

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本丸西物見土塁・石垣
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カズサン

鹿野城と大山ブナ紅葉 (2024/11/14 訪問)

 故郷の鹿野城、母の17回忌法要開始時間前に少し時間が有り、法要する寺の東隣は鹿野城と言う好条件、サラッと見学、撮影しました。写真はいつもの投稿写真と代り映えしませんがお許しください。
 駐車場は城山下の神社鳥居下に在りトイレも完備。他にも観光駐車場は城下に在ります。

 法要後は同地区の鳥取市鹿野町に在る鹿野温泉山紫苑で仕上げの法要と温泉宿泊。

 翌日(2024_11_15)は久しぶりに鹿野城から西に約60km程、大変便利になった山陰道(無料)を利用して伯耆富士で有名な大山の紅葉を見学へ、ビューポイントの鍵掛峠での大山北壁とブナの紅葉絨毯景観をと思ったのですが当日は雨で霞んで大山北壁景観は見れず、ブナ紅葉トンネルと鍵掛峠より下側のブナのじゅうたん景観は少し小雨に霞ながら見る事が出来ました。晴れていると素晴らしい紅葉のビューポイント景観です。駐車場は鍵掛峠にトイレと共に完備、但し観光シーズンは混雑渋滞します。
   

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しんちゃん

水堀と石垣が美しい (2019/05/02 訪問)

鹿野城は元は因幡の国人領主・鹿野氏の居城でしたが、天正8年(1580)羽柴秀吉の鳥取城攻めの際に尼子家の旧臣・亀井茲矩(これのり)が入り城代を務めました。関ヶ原の合戦の際には東軍に付き3万8千石に加増され、鹿野城を近世城郭として改装したとされています。
詰めの城の頂部の郭に天守台を頂き、下の郭には城山神社が鎮座しています。麓の鹿野中学校グラウンド部分が本丸とされ、北側の中学校周辺が二の丸(または出丸)とされ周囲を水堀が囲っています。麓の近世城郭の部分は石垣と水堀の景観が美しく春には桜が咲き誇るそうです。
さぞかし見ごたえがあるだろうと思いますが、やはり中学校の周辺なので寝っころがって花見で一杯というわけにはいかないのでしょうか?

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WEST

鹿野城探訪 (2023/12/09 訪問)

鹿野城は鳥取市の鹿野町にあるお城です。戦国時代の亀井茲矩の居城跡とのことです。
天守跡は御城山に登る必要がありますが、麓に堀、二の丸(出丸)跡、本丸跡があります。
「カフェしかの心」横の観光駐車場に停めて散策しました。(駐車場入口が狭いので注意が必要です)
二の丸跡から本丸跡へアクセスしようとしましたが、二の丸跡奥が学校の敷地となっているため良く分らなく、断念しました。
桜の名所とのことですので、桜の時期に再訪したいと思います。

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カズサン

神無月小雨模様の鹿野城 (2023/10/09 訪問)

 鹿野城西隣のお寺行事昼休憩に小雨模様の中散策し、サラッと撮った写真を投稿します、どんより曇ってもおり写真映りが良くありませんがご容赦ください、だいたい何時もの被写体に成ってしまいました。
 当日夕刻前にお寺行事が終わり、丹波但馬因幡出雲備後安芸備中備前一部播磨をグルーと廻り10月1日から9日間でした、鳥取からは鳥取道中国道新名神湾岸道新東名を6時間走行、累計1950km程の走行と成りました、結構腰に来ます。久しぶりの長旅でした。
 

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城郭情報

分類・構造 平山城
天守構造 不明(天守台あり)
築城主 志加奴氏(鹿野氏)
築城年 不明
主な改修者 亀井茲矩
主な城主 志加奴氏、山名氏、亀井氏、池田氏
廃城年 明治4年(1871)
遺構 曲輪、石垣、横堀、土塁
指定文化財 市史跡(鹿野城跡)
住所 鳥取県鳥取市鹿野町鹿野1829
問い合わせ先 鳥取市鹿野町総合支所産業建設課
問い合わせ先電話番号 0858‐84‐2099